2018.06.25

伊藤重夫「ダイヤモンド・因数猫分解」が刊行される

「踊るミシン」新版に続いて、伊藤重夫の新刊が出る。しかも未収録作品集。クラウド・ファンディングによる出版なので、今回も事前に申し込む必要あり(2018.10.16締め切り)。「A・ha」に連載されていた「ダイヤモンド」もフルカラーで収録される。

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2017.05.03

伊藤重夫『踊るミシン』新装版

2017年10月刊行に向けて、クラウドファンディングが進行中。
https://motion-gallery.net/projects/dancing-mr

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2016.09.08

安倍マリオの夏

 リオ・オリンピック閉会式の「安倍マリオ」を見て、ポップカルチャー業界の片隅にいる人間として、何かが決定的に閉じていくのを感じた。もうすっかりこのシステムに飲みこまれたのだ。皮肉を込めようが、毒を忍ばせようが、針を仕込もうが、巨大な流れに丸飲みされるだけ。気がつくと、批判していたはずの自分自身が、この動員システムの一翼を担う位置に立たされている。そんな中にいるのだ。
 10年以上前に「おたくの転向」について文章を書いたことがあるが、今や「転向」という言葉では語れない。もはやそんな段階ではない。「おたく」という言葉を使う必要もない。
 2016年が転換点なのか、単なる通過点なのか、後にならなければわからないけど、他のさまざまな出来事も含めて、大きな節目の年になりつつある気がする。

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再録 「断絶された世界の前で立ちつくす「私」」

(2005.6.2)
断絶された世界の前で立ちつくす「私」――新海誠「雲のむこう、約束の場所」をめぐって

■『ハウルの動く城』と『雲のむこう、約束の場所』

 二〇〇四年の一一月二〇日、時を同じくして、対照的なふたつのアニメが劇場で封切られた。『ハウルの動く城』と『雲のむこう、約束の場所』だ。
 監督したのは、一方は、すでに四十年以上にわたってアニメーターとして活躍しつづけ、現在ではアニメのみならず日本映画の中で最も有名な監督のひとりとして、世界でさまざまな賞を取りつづけている「巨匠」の宮崎駿。もう一方は、プライベート・アニメに近い形で制作された短編映画『ほしのこえ』で二〇〇二年にデビューしたばかりの「新鋭」の新海誠だ。
 制作体制や、公開のされ方も対照的だった。伝統的手法の巨大制作スタジオで作られ、巨額の宣伝予算をかけ、メジャー系で一斉公開された『ハウルの動く城』と、パソコン利用の少数精鋭チームが中心になって作られ、ほとんど宣伝費をかけずにインディーズ系だけで公開されていった『雲のむこう、約束の場所』。いわば現在の日本の商業アニメ制作状況の両極端を行くこのふたつの作品は、その内容においても、興味深い対照性を示していた。
 両作品とも、ヒロインが奇妙な運命に巻き込まれて自分の身に異変が起こり、男性の主人公と恋愛的に関わる中でそれが解決されていくまでを描いた作品だ。その点では、じつは、よく似たモチーフを用いている作品でもある。またこの二人は、脚本や絵コンテ段階で自分なりの世界を綿密に作りこみ、その後の制作プロセスにも強く関与することで、アニメという集団制作物の中に個人の資質を強く反映させようとしている姿勢でも、よく似ている。マニアックなおたく層の関心を集め、熱烈な支持を得ているこの二人の監督は、どこか似た資質を感じさせもする。
 しかし、そこで描かれた物語がたどりついた「場所」は、きわめて対照的だった。

■両作品にとっての「約束の場所」

 『ハウルの動く城』は、ストーリーを端的に述べるなら、ヒロインが心の中に抱えこんでいる呪縛を、自らの手で解いていくさまを描いた作品だ。彼女にかけられた「老婆になってしまう魔法」は、ハウルという男たちと暮らすうちに徐々に(無意識のうちに)解け、やがて彼女は若くて生き生きとした姿を取り戻していく。
 そして「解放」された彼女は、物語後半になると、今度は男たちを救うべく猛然と力を発揮しはじめる。ハウル、火の悪魔カルシファー、かかしにされていた王子など、屈折や抑圧などを抱えこんだ男たちを次々と救済し、呪縛から解き放ち、優しく尻をたたいて、慈しみに満ちた微笑みを与え、ついには彼らの「母」となって、彼らと幸せな一家をなす。まるで彼女の心の解放や自立は、最終的には彼女自身のためというよりは、男たちの「母」となるためにあったかのようだ。
 女の視点から描かれたかのように見えた物語は、後半になって男たちにとっての救済の物語へと収束し、大いなる母として救世主となった彼女は、男たちと幸福な家庭を構成し、物語はハッピーエンドを迎える。
 そういう意味では、アニメ『風の谷のナウシカ』以来の系譜につながる、きわめて宮崎駿らしい作品だったともいえる。
 一方『雲のむこう、約束の場所』という作品も、やはりヒロインが、呪縛されている自分自身の内的空間から脱し、解放されていくことが、ドラマの骨子になっている。しかしその結果たどりついたのは、「家族」や「母」はおろか、「救済」でさえなく、むしろさまざまな意味での「断絶」が強く確認されるような場所だった。
 この作品では、自分自身の見る夢の世界に閉じこめられてしまった孤独なヒロインは、夢の中で主人公の男と再会し、心がつながり、最終的には主人公によって現実の世界に救い出される。しかし、その救出によって目覚めたヒロインは、夢とともに大切ななにかも失う。現実世界の中では、主人公とヒロインの間には「家族」や「母」のような「約束の場所」としての関係性は成立せず、「つながり」は途切れ、最終的には、孤独な主人公の姿だけが提示されている。
 「約束の場所をなくした世界で、それでもこれから、僕たちは生きはじめる」という、この作品の最後のセリフは、そのような認識の先にある。
 宮崎駿が「つながり」として示したものを、新海誠は、もはや失われ、成立しえないものとして示すのだ。
 この『雲のむこう、約束の場所』が示しているものを、具体的に考えてみたい。

■ヒロインの奇妙な存在感

 まず、このアニメを見ていると、どうしても気になることがある。それは、ヒロインのキャラクターが見せる動きやポーズのニュアンスの、奇妙な感触だ。
 全編を通じてよく作りこまれ、どのシーンの映像や音響にも作り手のたしかな息づかいが感じられるこのアニメの中で、このキャラクターの描写は突出して異質な印象を与える。
 それは、しかしふだんマニアックなアニメをよく見る者にとっては、むしろ見慣れた種類のものだ。キャラのかわいらしさを強調するしぐさや動きのタイミング。もはや定番となったポーズや表情。それにマッチした声優の声質。それらは、八〇年代以来日本のアニメの中でつちかわれてきた「おたくっぽい」美少女キャラ表現の技巧を受け継いでいる(あるいは、受け継いだかのようにして作られている)。
 その見慣れたはずのものが、この作品の中ではなぜか居心地が悪そうに、他から浮いたものに感じられるのだ。
 その違和感は、この作品のストーリーが青森の田園的な風景を舞台に展開されることで、強調される。澄んだ青空、わき上がる雲、古い木造校舎のたたずまい、光る草原とその先の遠い地平線など、印象的な田舎の風景が描かれる中で、他の多くのキャラクターたちもその風景になじもうとするかのように、穏やかで抑制された動きでドラマが進んでいく。その洗練された手つきで作りこまれ、丁寧にコントロールされた「自然な」空気の中で、ヒロインの存在感だけが、どこか作り物めいていて、嘘くさい。彼女は、都会の人工的な空間の中で育まれたおたく的な欲望の結晶のように、「萌えキャラ」としての異質な存在感を振りまく。
 この作品の中ではヒロインだけが、自らを「作り物」のキャラクターであると強く主張しているように見える。おたくっぽい男性の抱くイメージの投影としての、類型的なアニメキャラとして、このヒロインは作品の中に存在している。
 彼女は、物語の語り手の主観によって、あこがれというフィルターを通して知覚されたイメージであることが、違和感をともなって、そこで明らかになる。目には見えていても、手の届かない遥か遠くにあって、実際にどんなものかは想像するしかない「塔」と同じく、すぐ目の前にいる彼女も、思春期の「僕」にとって手の届かない遠い存在であり、「僕」の一方的なあこがれと想像によって、かたどられているのだ。
 彼女の身振りや表情は、見る者にそんなことを感じさせずにはいない。

あのころ、僕たちはふたつのものにあこがれていた。ひとつは同級生の沢渡サユリで、そしてもうひとつは、国境のむこうにそびえるあの巨大な塔。いつだって僕はあの塔を見上げていた。僕にとってとても大切なものが、あの場所には待っている気がした。とにかく気持ちがあこがれた。(『雲のむこう、約束の場所』主人公のモノローグより)

 「彼女」や「塔」が実際のところ何であるのかは、主人公にもよく理解できていないし、それは彼にとって問題ではない。それらが放射している特別な価値は、「僕」が一方的に投影する「あこがれ」の光の、照り返しによって成り立っている。だから、もしそんなものの実物のすぐ近くまで行き、まじまじと見て事細かに点検し、それを即物的に理解したとしても、「あこがれ」の原因や要因が見つかるとはかぎらない。むしろ、それらを間近でよく眺めてみると、平凡な普通の少女でしかなかったり、単なる巨大なコンクリートの塊でしかなかったりして、幻滅が待っている可能性が高い(新海誠がこのアニメの前に発表したまんが作品『塔のむこう』では、そのことが具体的に描かれている)。

■「認識」という自己の檻の中で

 では仮に、このアニメのヒロインの姿やしぐさなどが、そのような「僕」のフィルターを通して主観的に認識され、どこか歪んだイメージであるとしたら、そのフィルターの向こう側にいるはずの歪んでいない「本当の彼女」は、どんな姿をしているのだろうか。「僕」は、フィルターをひょいと外しさえすれば、「本当の彼女」を直接的に認識することができるだろうか。
 それは無理だろう。なぜなら、「僕」が認識する彼女の姿が「そんなふう」なのは、僕の目のフィルターの歪みのせいなのか、それとも「彼女そのもの」が実際にそうなのか、それを「僕」自身が客観的に判断することはできないからだ。僕という主観のスクリーンに映し出されたイメージを、僕はただ無批判に受け取ることしかできない。僕によって表象され、認識されたもののむこう側に存在しているのが、実体なのか幻なのか、本物なのか偽物なのか、それを「僕」自身が判断することはできない。自分が見ているイメージが実像なのか虚像なのかは、見ている本人には判断不能なのだ。
 そんな、いわば近代的認識論につきものの懐疑論的な態度の行き着くところは、新海誠の前作『ほしのこえ』で、すでに象徴的に表現されていた。
 遠い距離と時間を隔ててメールをやりとりする『ほしのこえ』の「僕」と「わたし」は、まったく隔絶した時空にいながらも、お互いのことを思い、そのことによってそれぞれが「ここにいる」ことを実感する。そこでは、自分の存在を実感するにはどうしても「あなた」が必要であることが、描かれていた。「あなた」がないと「わたし」が成立しない(そもそも「わたし」ということばは、そういうふうに成り立っている)。だから、「わたし」が実感されるかぎりにおいて「あなた」はどこかに存在している。そのとき、「あなた」が本当に実体として存在するかどうかは、とりあえず問題ではない。私がそれによって自分の存在を確認し、実存の手応えを得て、自らの主体を実感できるように機能するのであれば、その「なにか」は私にとっての「あなた」なのだ。それがたとえ時空の彼方にあろうが、実体がなかろうが、問題ではない。
 『ほしのこえ』には、その結果「あなた」が私によって内面化され、すべてが自分の内側に閉じていかざるをえない、私たちのリアリティのあり方が、象徴的に描きだされていた。
 『雲のむこう、約束の場所』で描かれたことも同様である。
 『ほしのこえ』に登場した二人は時空を隔てていたせいで、直接見ることも話すことも触れることもできなかった。だから、お互いが思い描く相手の姿は、それぞれの内側にあるイメージでしかないことも、わかりやすく見てとれた。しかし、今この目の前にいて、直接ことばを交わし、手で触れることのできる誰かであっても、それは結局同じことなのだ。
 『雲のむこう、約束の場所』に登場するヒロインは、「僕」のすぐ目の前にはいるが、実際のところどのような人間なのかは、よくわからない。ただ「僕」には、「そのように」見えている。その「像」がひどく歪んでいて、八〇年代以来の日本アニメ特有のおたくっぽい美少女表現が染みついているために、その嘘くささに違和感をもった観客は、それが主人公である「僕」の表象でしかないことを、意識せざるをえない。この作品の過剰な美少女表現は、意図的にそのような機能を持たされているとさえ思わせる。
 「僕」は、彼女を表象し、認識することしかできない。その向こう側にあるはずの「なにか」までは、決して手が届かない。そのことは「彼女」についてだけでなく、「僕」が経験しているこの世界すべてについても、同じことだ。「僕」は「物自体」から隔絶されたまま自己の世界に閉じ込められており、独我論的世界に生きるほかはない。その事情は、ヒロインの側にとっても同様だ。自分の夢の中に閉じ込められ、ひとりぼっちになってしまった彼女の姿は、それを象徴している。人はそれぞれ閉じた内面を抱えて断絶したまま、ばらばらに島宇宙のように浮遊しており、根本的に孤独であるほかはない。
 だから、もし目の前の「経験的な世界」を価値づけるような、なにか超越的なもの(「塔」や、「あこがれの彼女」など)がなかったら、人は空虚さを抱えたまま孤独に耐え忍ぶ以外に生きる道はなくなる。――そんな、近代的な人間の問題として広く共有されてきた認識が、この作品でも問題にされている。

■夢の中でのみ成立する一体感

 そうであるからこそ、この作品の主人公とヒロインは、夢の世界の中でなら、お互いに深く心を通わせ、孤独を脱して一体となることができる。
 夢の世界、つまり、自分自身の内なる世界でなら、私は「あなた」をまったく理解し、「あなた」と大切な気持ちを重ね合わせ、しっかりと共有することができる。なにしろ、そこにあるものはすべて「私」であり、「あなた」さえもが私によって内面化されているのだから。そこでは、主人公の時間と彼女の時間は一致し、幸福に共有される。そこでは、なにか大切なことがたしかにありありと存在している。
 しかし、もし目覚めてしまったら、その一体感は破られてしまう。現実には、目の前にいる「あなた」は、私と隔絶した正体不明の誰かでしかない。だから、一〇〇%のコミュニケーションなどありえない。「あなた」が私ではない以上、私は「あなた」を決して理解しつくすことができず、また、私の気持ちが完全に「あなた」に届くこともない。
 だからこの作品のラストで、「塔」が失われ、救出されたヒロインが夢の世界から目覚めるとき、彼女は「伝えようと思っていた大切な気持ち」を失い、もはや思い出せなくなってしまう。それは、夢見る時間の中でしか(あるいは、手の届かない遠くの塔にあこがれる時間の中でしか)成立しないのだ。ヒロインは、その現実を認識し、涙を流す。
 主人公にとっても、今まで確かに感じられていたはずの「彼女そのもの」が、その時するりと手をすり抜け、もはやとらえられなくなってしまったはずだ。「本当の彼女」をたぐり寄せようとしても、現実にそれが手に入ることは、もうない。ラストシーンでは、お互いがすぐ目の前にいて、触れ合い、微笑み合っているが、実際にはすでに、そこには断絶や隔たりという圧倒的な現実が立ちふさがっている。
 その結果二人がどうなったか。それは、作品の結末ではなく、冒頭に示されている。塔が消え去った風景をふたたび見に来た主人公は、ひとりであり、側には誰もいない。主人公と彼女は、すでに大きく隔たってしまったのだ。そうなってしまった後の彼の回想として、この物語は語られている。

■『雲のむこう、約束の場所』が投げかけたことば

 そんな冒頭の「現在の主人公」がただよわせているのは、漠然とした感傷や、ノスタルジックな情緒のようなものに見える。
 しかし、もしこの作品が最終的に描こうとしているのが、そのような感傷や情緒であるならば、それは同じ年に公開された『イノセンス』で押井守が示したセンチメンタリズムと大して変わらない。独我論的な現実認識の中にいる自分自身を語りつづけ、そこに居るほかないことの感傷を垂れ流すことしかしないのであれば、あえて他者に向かって作品を投げかける必要などない。自分の世界に引きこもって、自己療養の作品作りをしていればよい。
 しかし『雲のむこう、約束の場所』は、「約束の場所をなくした世界で、それでもこれから、僕たちは生きはじめる」ということばを、観客に対して最後に投げかけている。そうであるのなら、実際にこれからどう「生きはじめる」のかが、この先で問われることになる。
 つまり、「約束の場所」の存在を疑わずそこに居つづけようとする宮崎駿のような生き方は、もはやできないと感じる者にとって、「それでもこれから、僕たちは生きはじめる」とは、具体的にどういうことなのか? 「あなた」との断絶や隔たりに直面せざるをえないことが現実だとしたら、「わたし」はそこで、いったいどう生きればよいのか。
 この作品は、そんな現実認識にたどりつき、そして、その入口で立ちつくしているように見える。
 そんな立ちつくし方を見ると、私は、かつてこの問いの前で同じように立ちつくしていた、村上春樹の八〇年代の小説を思い起こす。
 村上春樹の長編小説の系譜でいえば、『ダンス・ダンス・ダンス』までの作品が、それにあたる。「世界の終り」という独我論的な認識の中に閉じこもりながら、それでもなお現実的に生を送りつづける空虚な日常に直面する者は、もはや、できるだけ正確にダンスのステップを踏みつづけて見せるしかないのだという諦念は、『雲のむこう、約束の場所』とどこか似た感傷をただよわせていた。
 新海誠は、自分が村上春樹の影響を受けてきたことを、さまざまなインタビューなどで度々語っている。実際、この『雲のむこう、約束の場所』を見ていると、多くのモチーフに村上春樹の小説の影響を見出すことができる。たとえば『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』などがすぐに思い浮かぶ。だが個々のモチーフ以上に、この二人の作品に決定的に共通しているのは、以上で述べてきたような世界認識そのものだ。

■村上春樹が九〇年代に踏み出した一歩

 だが、九〇年代になって村上春樹は、そこから歩を進めようとして、格闘を開始する。九二年に発表された『国境の南、太陽の西』の主人公は、やはり同じような閉塞的な現実認識の中に生きながらも、物語の最後にいたって、自分の認識からはみ出し、あふれ出ていくものと、ついに向き合いはじめる。自分の美しく閉じた世界の中に包括しきれないものが、自分の外側に存在し、それこそが自分の応答すべき何かであることを、主人公は悟るのだ。そして彼は、最も身近な他者である「妻」に対して関わっていく覚悟をする。
 私が向き合うべき何かは、私の内にではなく、外にあるのだ。外にある以上、それは私とは断絶しており、私はそれを理解しきれない。にもかかわらず、そこにこそ私が向き合うべき何かがある。そのようなテーマは、その後『ねじまき鳥クロニクル』で本格的に追求されていくことになる。そして同作の第2部のラストで、そのような「外」が存在することは、ついに確信をもって語られることになる。

それはそこにあるのだ、と僕は思った。それはそこにあって、僕の手が差しのべられるのを待っている。どれだけの時間がかかることになるのかはわからない。どれだけの力が必要とされるのかもわからない。でも僕は踏みとどまらなくてはならない。そしてその世界に向けて手を伸ばすための手だてをみつけなくてはならない。それが僕のやるべきことなのだ。(中略)そして僕はその日溜まりの中で思った。それはそこにあるのだ、と。何もかもが僕の手からこぼれ落ちていったわけではない。何もかもが闇の中に追いやられてしまったわけではないのだ。そこにはまだ何かが、何か温かく美しく貴重なものがちゃんと残されているのだ。それはそこにあるのだ。僕にはわかる。(村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』第2部より。原文の傍点付き部分を太字で代替表示した。本来は太字ではない)

 私は世界を表象し、認識することしかできない。その向こう側にある何かを確証をもって語ることはできない。にもかかわらず、「それはそこにあるのだ」と、この作品の主人公は語る。なぜ、このような確信が持てたのだろうか?
 それはおそらく、現に私が「それ」に応答しているからだ。
 私は、自分の外側に「それ」が存在することを認識し、確証を持ったから、それに応答したのではない。そうではなく、気がついたとき私は、すでにその正体不明の何ものかに応答していたのだ。そして「すでに応答している」という現実を通じて、それが間違いなく存在することを確信するにいたったのだ。
 その何ものかが、いかに存在するのか、いかに認識されるのかは、その後の問題でしかない。ものごとの最初に私が出会っているのは、私が何ものかに応答しているという現実であり、そのような私の身ぶりなのだ。
 そういう場所から、ものごとを考えはじめることを、ここで村上春樹は選択している。少なくとも「ねじまき鳥クロニクル」第2部までの村上春樹は、そのような可能性の前に立とうとしているように見える。

■断絶と応答のはざまで

 先にも書いたように、『雲のむこう、約束の場所』の「僕」は「それでもこれから、僕たちは生きはじめる」と語る。そのことばの内実が、この村上春樹の『国境の南、太陽の西』以降の意味合いと重なるのか、それともまったく別のものなのかは、わからない。しかし、そのことばに誠実であろうとするならば、少なくとも「僕」は、これから改めてもう一度「彼女」に向きあい直すしかないはずだ。自分と絶対的に隔たってしまった者としての彼女に。
 彼女と関係をもつという「近さ」と、「彼女は私ではない」という絶対的な「隔絶」との間で、たぶん私たちは困難さに突きあたりながら生きつづけるしかない。その先で、「僕」は感傷や情緒以外の積極的ななにかに、行きつくことができるだろうか。この作品がたどりついたのは、そんな問いかけと向きあう「場所」であるように見える。
 それは、現在の私たちに広く共有される、身近な問題であるように思われる。私の「外」に在って、私とは断絶し、私には理解しきれないものと、どう向きあい、どう応答しつづけるのか。感傷や情緒に身を任せて自己完結していくことなく、どこかにいる誰かに対していかに向き合い、いかに呼応しつづけるのか。そんな問いこそが、私たちには要請されているように思われる。
 このような種類の問いには、現実的で最終的な着地点はありえないから、それをまじめに引き受けつづけようとするかぎり、おそらく私たちには「耐える」以外の方法はない。そうであるならば、このような問題を抱えこんだ創作者にとっての最大の課題は、そのような「忍耐」を支えつづけるような「現実への絆」を問うことにならないだろうか。『雲のむこう、約束の場所』の「僕」の語ることばのむこう側には、そんな問題が広がっているように見える。
 「約束の場所」がたとえ失われたとしても、「約束」は消えない。約束が約束であるのは、それに応えようとしつづけることにおいてであり、そうでなければ、そもそも約束は存在できない。だから、約束は外的に失われるのではない。それは、応答しようとする私の身ぶりの問題なのだ。そのとき、応答しようとする私の身ぶりを支える「絆」が問題となる。
 村上春樹が足を踏み入れていったのは、おそらくそのような問いの中へである。

(初出:「Comic新現実 Vol.5」2005年6月)

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再録 「おたくのロマンティシズムと転向」

(2004.3.25)
おたくのロマンティシズムと転向――「視線化する私」の暴力の行方

 インターネット空間を漂うというのは、とても視線的な行為だ。そこでは、さまざまなものに視線を向け、それをただ認識していくことができる。私が私であることは、ただ視線のさばき方で表現される。何に視線を向けたかが、私という存在を表現する。というより、そこでは、視線のあり方が私そのものである。
 近年流行しているニュースサイトやブログなどには、そのような視線の痕跡が、リンクやトラックバックという形で残されている。私が何に視線を向けたかは、リンクによって表現されている。私は、自分で書いたテキストの内容によって私を表現する以上に、ネット内での視線のさばき方によって私を表現するのだ。
 インターネット上では、そのようなディスクジョッキー的な身振りとして視線を使う「私」が浮遊している。

■視線化が進んでいった八〇年代

 そんなふうに「視線」を使う私という人間は、「見る」人間である。視線として存在する私は、見られることなく、ただ見る。そうして他人から見られることのない「透明な存在」になっていく。(インターネット上では完全な透明にはならないが、ここではその問題には立ち入らない)
 考えてみるとそのような傾向は、インターネットだけのことではない。たとえばそれは、八〇年代以降のまんがやアニメなどの表現でも顕著になったことであった。
 男性の作り手の「視線」が反映した美少女的なイメージは、八〇年代以降のまんが・アニメには氾濫し、それはやがて美少女ゲームや美少女フィギュアなどのジャンルを引き起こしていった。多くのアダルト向けまんが、アニメ、ゲームなどの中では、そこにいるはずの男性の姿は描かれずに、ただ純粋に少女へ注ぐ視線が作品化されていた。凌辱する主体としての男性の姿はなく、ただ少女の姿だけが「男性の視点からの主観映像」として描かれる。フィギュアに至っては、それはただ見られるためだけに存在するものであり、男性の視線そのものが形象化されている。それらの商品は、ユーザーが「視線としての存在」となり解き放たれるためのパラダイスを提供している。
 一方、八〇年代に同時並行的に登場したのが「設定志向」の作品群だ。
 まんが界では、大友克洋「童夢」「アキラ」の登場を皮切りに、士郎正宗、永野護、山下いくとなど多くの描き手が、八〇年代以降にそのような作品を発表していった。世界設定やディテイルにこだわり、その世界を箱庭的に作り上げていく傾向の作品だ。このような作品では、物語やドラマは世界の細部を浮かび上がらせるための描写の材料でしかなく、ある意味では二次的な扱いしか受けない。
 アニメでは「宇宙戦艦ヤマト」や「機動戦士ガンダム」がヒットして以後、その傾向が強まる。特に、年代記的な世界観が明確に打ち出された「機動戦士Zガンダム」(八五年)以後その傾向は強まり、模型・玩具業界とともにファンの間で発展していく。
 同じ傾向は、ゲームの世界でも八〇年代にRPGが流行することで、同時進行的に共有された。
 そのような「設定志向」の作品群に見られるのは、世界のすべてを見つめる透明な立場からの視線だ。あらゆる登場人物や空間、事件や歴史などは、作者という超越的な立場から見つめられ、細かく設定され、作り込まれていく。読者にとっては、特定の主人公に感情移入してドラマを体験することよりも、むしろドラマをひとつの契機として、その箱庭的な世界の内部をくまなく認識していくことが興味の対象となる。
 そのようにして世界を見つめる視線は、「認識し、理解する私」という優越的な立場を自分に与える。視線となることで私はどんどん透明化し、あらゆるものに対して超越的な「最後のメタレベル」に立つことを可能にする。そのようにして私は、世界の頂点に立つ認識者となることが可能になる。
 フィリップ・K・ディックの作品や、サイバーパンク以後の作品に度々描かれているようなサイバースペースに浮遊する「私」という意識は、このような設定志向の作品に大きく影響を与え、そのような意識に立脚した作品群は現在に至るまで発達を続けている。
 世界をただ見つめ、認識し続ける私。肉体を離れ、透明化し、純粋な視線となった私。
 そのような感覚は、八七年に日本における商用パソコン通信サービスがスタートすることで明瞭なリアリティを与えられ、インターネット時代の現在となっては、当たり前のように遍在している。

■価値観としてのSFが果たした役割

 このような超越的な視線を、古くから物語作品の中で提供してきたのが、SFという小説や映画のジャンルだった。サイバーパンクを生んだSFは、もともと科学的な思考を手がかりにしながら「あらゆる価値を相対化する」ことによって、さまざまな「ワンダー」を生み出してきた歴史を持つ。既存の価値に対して相対的な立場を取り、自由にフィクションを展開していくスタンスは、それぞれの時代の読者に最も超越的な認識者の立場を体感させてきた。SFとは、そのような役割の娯楽作品だったということができる。
 だから七〇年代までにおいては、SFは単なる作品ジャンルではなく、まるでひとつの価値観のように機能したのだ。
 おたくと呼ばれる層を形成した最も大きな源流のひとつとして、SFファンと呼ばれる層があったという歴史背景は、この「超越的な視線」という観点から考えた時、より象徴的なこととして浮かび上がってくる。
 日本SFでは、小松左京が「果しなき流れの果に」等の作品でそのような認識者の立場をきわめ、また星新一が「超越的な視線」を常に発揮し、他の多くの日本人SF作家もメジャー化していくことで、SFファン以外にも広く影響を及ぼしてきた。特に星新一は一般層への浸透力が強く、広く長きにわたって支持を集めてきた。初期作品の直接的に冷徹でシニカルな視線や、中期以降の作品での登場人物の超越的な自意識のにじむ語り口(登場人物が自らを登場人物として意識しているかのような表現)など、傾向は変わりながらも、そのような感覚は常に発揮されてきている。晩年の民話や神話風の作品に至っても、その基本スタンスは変わらない。星新一は、七〇年代から八〇年代前半にかけて、中高校生に最も人気のある作家として支持を集めており、いわゆるおたく世代層に対する潜在的な影響力は計り知れない。
 SFの「超越的な視線」が生み出すワンダーは、星新一や他のSF作家を接点にして、SFファン以外にも裾野を広げていき、「浸透と拡散」していくことにより、八〇年代以降には当たり前のように遍在していくことになる。

■「私」の終着点としての村上春樹作品

 まんがやアニメ、ゲーム、フィギュアなどのおたく的なものの背景には、このような「視線」の歴史がある。「視線化する私」という欲望が、そこには広く発見できる。
 さまざまな価値を相対化して、ただ透明に認識するような視点。視線化する私とは、そのようなものである。
 そしてそのような相対化をひたすら続ける限り、最終的には、私が経験している世界そのものの実在の根拠さえ消え去り、そのように考えている自己の存在だけが確かな主体として確保されることになる。それはつまり、西欧近代的な意味での「主観」だ。
 しかも八〇年代以降の我々の世界は「仮想化」しているといわれ、「シミュラークル化」しているといわれてきた。実像も虚像も、本物も偽物も、「視線としての私」にとっては均質な認識対象でしかなく、どれも同じリアリティにしか感じられない。ただ、そういうリアリティを感じている自分だけがそこに存在しているのだ。
 だからその時、世界は容易に私の中に閉じていく。そのような認識に、簡単にたどり着いてしまう。常に最も超越的なところに立つような私にとって、世界は結局私の中だけにあるからだ。
 そのような感覚は、たとえば八〇年代を代表する小説家の一人である、村上春樹の作品に、象徴的に表われている。村上作品の主人公によく見られる「彼女の内面をわかってあげられる僕」という、女性に対する優越的な視線は、女性のみならず自分にとっての「経験的な世界」すべてに対しても注がれ、いずれそのような世界認識へとたどり着くことになる。私は私自身の中に閉じており、最後には世界さえも、私の中に閉じてしまう。
「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」には、そのような独我的な認識の終着点を見ることができる。女性を見つめ続ける村上春樹作品の視線は、世界をも同様の優越的な視線でとらえていく。そして最終的にはそのように自己完結し、私は私自身の世界の中で永遠の日々を送ることになる。
 それは、ギャルゲーによく見られるような、「わたしとあなた」の倫理のリアリティの中に完結していく孤独な世界のことだ。つまり、仮想の「あなた」という二人称キャラクターに向かって自分の倫理が発揮されていく手応えの中で、ようやく確認される自分の主体性を握りしめ、生きていくということだ。
 SF映画「惑星ソラリス」のラストシーンは、すでに現実の可能性として、私たちの目の前に広がっているのだ。たとえすべてが私の思念によって生み出された世界であっても、そこに倫理という生のリアリティが確かな手応えで得られるならば、その世界は「私の世界」なのであり、私はそこに生きていくのだ。
 それは、ひどく不毛なことだ。しかし、たとえそれを不毛だと思っても、この目の前の「経験的な世界」を信じることができない以上は、そのような不毛さを生きるしかない。私は、この目の前の不毛でカラッポな生をあえて生きていくしかない――これもまた、古今東西、長く問い続けられてきた問題だ。
 しかし、不毛でカラッポな生をあえて生きるという時、それを不毛でカラッポと考えているような「私」が、やはりそこに確保されている。「あえて」生きるという時、その「あえて」という行動をとるようなかたちで、そこに超越的な私がいる。
 だから、やはりこれも「私の世界」のバリエーションの中に閉じていく。
 最近のミステリーやSF、ライトノベル、まんが、ゲームなどには、そのような経路をたどって肥大していく優越的な自我が数多く発見できる。

■視線化する私と暴力

 しかし、そのような「私」の存在が、揺らぎ、脅かされるときがある。たとえばそれは、暴力という局面だ。私が暴力を受ける時、または、私が暴力をふるう時、私の目の前にはどうしても私が内面化することができないような他者が出現する。
 そもそも、現在のギャルゲーにいたるような、おたく的な美少女文化のはじまりには、そのような暴力の問題が関わっている。このことについては、以前「傷つける性」というテーマで詳細に論じたので(「新現実Vol.2」所収)ここでは簡単に述べるにとどめるが、男性が女性に対して自分の暴力性を自覚することで、セクシャリティのあり方が変貌していった歴史が、そこには刻み込まれている。男性が、自らの性が「女性を傷つける性」であると自覚した結果、さまざまな曲折を経て生まれたのが、現在の「萌え」にまでつながる美少女文化だ。女性をセクシャルな欲求の対象としてとらえるだけではなく、彼女らが持っている「内面」という物語に目を向けはじめた結果、男性はそのようなものを踏みにじりかねない自分の欲情(暴力)を自覚せざるをえなくなり、そこで改めて女性という他者と向き合うことになったという歴史がある。
 しかし、そんな彼女の内面を理解しようとした結果、団塊の世代以降のある男性たちは「彼女をわかってあげられる僕」という新しい特権的な立場を発見し、そこを新たな居場所としていったのだ。村上春樹作品に代表されるような、わかってあげられるという能力を持った優越的な「僕」を確保し保持していくために、「彼女」に対して受け身となっていく局面が生まれたのが、七〇年代以降の歴史であった(この優越的な「僕」の立場はすでに橋本治が『恋愛論』の中で指摘している)。それは結局、彼女を内面化してしまう優越的な場所なのだ。
 おたく的なものの歴史には、そのような暴力性の意識が現われまた揺り戻されて忘却されていく経過が、繰り返し見られる。自分の視線の暴力性に気づき、そしてまたそれを忘却していくこと。つまり、「彼女」という他者と出会いながら、それを内面化し、自分にとって「攻略可能」なキャラクター化してしまうこと。
 「美少女」というおたく的なキャラクターは、そういう需要によって生まれたイメージだ。キャラクターは、私の暴力的な視線を、文句も言わずに受けとめ、しかも決して傷つくことはない。それは、私の視線による「攻略可能」な存在であり、そこで私は全く自由に「視線としての私」として行動することが許される。それは現在、萌え系のキャラクターや作品となり、商品としてその需要を高めつつある。しかし、そのような作品や商品は、根本的には「暴力性」によって支えられている。そして、そのような構造を忘却することによって成立しているのだ。

■超越性の中に自閉していく私

「視線化する私」という欲望は、おたく的な問題にとどまらずに、現在の日本に広く作用している。
 自らの暴力性を忘却し、他者を「傷つかないキャラクター」として扱い、自らは超越的な認識者として自閉していくこと。そのようなありさまは、あちこちに見ることができる。
 たとえば、加害者でありうる自分を忘れて、被害者という立場に自閉することで、他者を加害者として一方的に攻め立てる時、その他者が傷つく存在であることは忘れ去られる。そのようにして、自身の優越性の中に自閉して生きていく様は、まさしく現在の日本の空気そのものだ。
 我々が忘れようとしている「暴力性」は、憲法第九条をめぐる議論にも、そのまま反映されている。もし改憲という主張が、自衛隊が現存するという既成事実に合わせて法の整合性を得る目的でなされるのであるならば、それは全くその構図の中にある。
 そこには、被害者という立場からの発想である「防衛」という大義しかない。たとえその大義に正当性が認められるとしても、そのような暴力が実際に発動した時には、必然的に何らかの形で我々自身が加害者となり、他の誰かを殺傷するのだという、暴力のリアリティに意識が向けられることがない。自分たちがいかに加害者という立場を引き受けうるのか、いかに他の誰かを殺しうるのかを正面から受けとめ、考えることのないまま、「傷つく他者」という生々しい現実の認識は消え去り、ただ我が身の安全の保障を求める自閉的な私がそこにいる。しかし、相手は「傷つかないキャラクター」ではないのだ。
 憲法第九条の面白いところは、それが外へ向けられていることだ。日本の外にいる他者の存在を前提として、それは語られている。前述したように、「他者」は暴力という局面において私の前に出現する。日本国憲法はその暴力性を自覚することにおいて、他者という存在を呼び出しているのだ。
 そういう意味で、憲法第九条を撤廃しようとすることは、他者を忘れ去り、自閉していく私を肯定することに、容易につながっていく。
 少なくとも憲法第九条が外へ向けての宣言でもあるならば、それはそのとき、他者に向けて何らかの約束をしたということだ。それを私たちの意志だけで変更しようとすることは、「彼ら」に対する一方的な約束の廃棄であり、ある意味での裏切りにならざるをえない。自分たちの国の憲法を自分たちで変えてどこが悪い、という一見あたりまえの考え方は、日本国憲法が外を意識して宣言されたものだということを忘れている。もし私たちが九条を変更するのであれば、私たちは最低限このことに自覚的であるべきだろう。
 最近の憲法論議には、多くの場合そのような観点が抜け落ちている。それはつまり、他者へ向き合おうという姿勢が抜け落ちているということでもある。
 戦争という手段を放棄する限り、我々は他者を「傷つかないキャラクター」化して済ませずに、向きあい続け、理解しようとし続けなければならなくなる。その時、私の超越性は揺らぐ。私の閉じた世界にほころびができて、その裂け目から正体不明の他者がやってくる。
 現在の世の中に漂う改憲気分は、そのような不気味な他者の影におびえ、私の「超越性」の裂け目をふさいで自閉しようとする動きのように感じられてならない。

■達成できないということ

 九条はもともと、ある現実に対しての批判として宣言されたはずだ。だから、それを撤廃するとしたら、それはそのような批判が現実に達成された時だ。達成されないうちは、その批判は取り下げるべきではない。それはあたりまえの話だ。
 現在行なわれている改憲論は多くの場合、「達成できないから、取り下げる」という論調に見える。「達成できていないからこそ、掲げ続ける」という本来の趣旨が、ここで消え去っている。いつの間にか、そのような事態になっている。
 なぜこのような転倒が生じたのだろうか。
 この事態は、九条の内容がロマンと化している現実を示している。現実に対する批判として提起されたはずの条文が、すでに批判ではなく「達成しえないロマン」として受けとめられているということを意味する。だから、自らの力で目的を達成しようというロマン的な気概がもし社会から失われていくと、達成目標も価値あるものとは見なされなくなる。最近の世論調査では九条をめぐる意識が変化していることが報じられているが、背景にはそのような事態があるように思われる。
 日本の高度経済成長期のように、社会が何かを目指している時は、さまざまな局面でロマン的な考え方が支配的になる。九条も、かつてはそのような文脈の上に乗って自然に受容されていたのではないか。しかし何かが達成され、社会が安定した時には、ロマン的なものは行き場を失う。それは、すでに達成されてしまったのだ。
 そうなると、たとえ未達成のまま積み残されたものがあっても、すでに目的を達成しようという気分が社会から抜けている以上、それを達成しようという気概は失われる。

■戦後の日本とロマン

 だから、未達成である第九条は、未達成であるがゆえに保持され続けるべきだし、それが筋というものだ、と考えるならば、我々は九条をシンプルな意味でロマン的なものとしてとらえるのではなく、別のかたちで支え直す必要がある。九条を新たな文脈の中でとらえ直す必要がある。おそらく、我々の「生」を肯定するためのなんらかの原則として据え直さない限り、九条は多くの者によって現実性のないロマン的美辞麗句として扱われ、「自閉していく私」の意識により放棄されていくだろう。それこそが、九条に価値を認める者にとって現時点での課題のように思われる。

 なぜ私はわざわざこのように、憲法第九条のことを考えるのだろうか?
 それは、まんがやアニメなどのおたく的な文化とともに生きてきた私自身が、九条とともに、そのようなロマン的な文脈の中で生きてきたからだ。「九条というロマン」が揺らぐ時、同時に、私自身が生きてきた戦後の「おたく的ロマン」も揺らいでいる。
 九条が「達成しえないロマン」として受けとめられてきてしまったのと同様、おたく的なものは長い間、「達成しえないロマン」的な文脈の中で受容されてきた。
 おたく的な文化を生み出す母体となった、戦後日本のロマン的な価値観に生きてきた私は、だからこの問題をよく考える必要を感じる。そういう実感を、私自身は持っている。
 そのことを、具体的に考えてみる。

■要請された身振りとしてのパロディ

 たとえば私自身が、「自分はロマン的な文脈の中にいる」と感じるのは、主にパロディという行為をする時や、そのような作品を読んだり見たりする時だ。
 私たちは七〇年代から八〇年代にかけて、既存の文脈を次々にパロディにして戯れてきた。まんがやアニメにはパロディ的な作品が次々と現われ、また受け手もそれをさらにパロディにしてファン活動をしていった。それは、単に能天気に踊っていたということで済む事態ではない。そこには多かれ少なかれ、パロディという手法をとる必要性があったはずなのだ。遊びながらも、確かにその背後には切実な要請があった。それは、既存の意味や文脈から「逃走」して、「スキゾキッズ」となり、ノリつつシラケ、シラケつつノルという身振りが必要だったと言いかえてもよい。
 「美少女」というイメージやそれを生み出した男性の八〇年代のロリコンブームも、そのような側面を持っていた。それは、単に「低年齢の女性」が求められたということではない。むしろ、大人の女性の典型的フォルムが自動的に発する既存のセクシャリティの文脈(スケベオヤジ的お約束ごとの世界)からの逃走という役割を持っており、その手段として取られたのが、ロリコンという身振りによってシャレと本気の間の往復運動をしてみせることだった。
 最初のおたく世代と呼ばれる私たちは、「逃走」する必要があった。なぜなら、古い文脈の真ん中にいたからだ。いたからこそ、距離を取る必要があった。その真ん中にいることに困難や危険や不毛さを感じ取り、それらを相対化するポジションを取ろうとし続けた。八〇年代におけるパロディという行為には、どこかしらそのような切実さが込められている。
 しかしその時、その古い文脈を必ずしも嫌悪していたわけではない。むしろ、自分たちを育んだそのような文脈に寄り添おうとして、それがもはや成立せず、達成しえないものであることを思い知らされ、そのような行動をとったというべきだ。
 私たちは、もともとロマン的な文脈の中にいたのだ。「逃走」しようと考えるような私たちを育んだのは、そのような古い文脈だった。そこにいたのは、梶原一騎に代表されるような成長物語としての少年まんがに熱狂し、手塚治虫的なヒューマニズムに心酔して成長した元・子供たちだ。
 そして、自分でもそのようなものを実行したいと思いながら、七〇年代以降の閉塞していく社会の空気の中では、もはやそれが達成しえないものであることを思い知らされたのだ。理想を求めたイデオロギーは陰惨な内ゲバの殺し合いへと行き詰まり、未来を切り開くはずだった輝かしい科学の力は醜悪な公害や汚染を引き起し、目指すべき巨人の星は挫折し、探し求めていた「あした」は真っ白に燃え尽きる。正義という名の下に許されていた暴力はその根拠となるバックボーンを失っていき、輝かしく見えた物語はどれも疑問や危険や不毛さだらけのものであることが突きつけられる七〇年代の中で、大人へのステップを踏んでいった私たちがたどり着いた姿勢のひとつが、パロディだった。
 それは、輝かしいロマン的な何かを求め、なおもそのようなものの中に居たいと思う者が、それを現代に活かし続けるために「解毒作業」をしてみせる行為であり、そのような姿勢によって表現された「倫理」でもあった。

■ヒーローの正義を担保していたもの

 たとえばかつて輝かしいものであった代表格に、正義のヒーローの物語がある。そのような物語の中では、悪を討つヒーローの行動(暴力)は「正義」に担保されることによって肯定され、彼らは華々しいアクションで活躍していた。
 ではそのような「正義」とは、具体的には何だったのだろう? そんな「正義」という価値は何によって担保されていたのだろう。また、正義によって討たれるべき「悪」とは、いったい何だったのだろう。
 たとえばおたく世代を育んだ中心文化のひとつであるテレビアニメを見てみると、そこには、数多くの正義のヒーローがひしめいている。中でも、そういうアニメ作品のフォーマットを作り上げた六〇年代のテレビアニメを実際に見ていくと、そこに登場するヒーローたちが立ち向かっている悪は多くの場合「戦争」であり、彼らの守るべきものは「平和」だということに、いまさらながらに気づかされる。
 日本で最初の巨大ロボットものテレビアニメ「鉄人28号」(一九六三年)は、もともと旧日本軍が命じて開発されたロボット兵だった。少し遅れて始まった「エイトマン」も、ある国(原作ではアメリカ合衆国)の軍事研究所で作られた実験ロボットだ。「ビッグX」はもともとナチスの開発した新兵器であり、「サイボーグ009」は、冷戦下の戦争商人たちが儲け口として新たな戦争を起こすために開発したサイボーグ戦士たちだった。戦争という現実が、これらのヒーローたちを生み出したのだ。彼らは戦争を目的に作られた「兵器」であり、そのような出自を乗り越えて能力を「平和」のために使う使命を持っている。「戦後」という意識がまだ色濃く、ベトナム戦争が泥沼化していった六〇年代のヒーローたちの「正義」を担保していたものは、戦争という巨大な現実の向こう側に透視されていた「平和」だった。この時代の作品の作り手にとってそのような発想は特別なことではなく、ごく自然な、広く共有されていた認識だったと思われる。
 だから、戦争ばかりしている地球を存続させておくべきかどうか調査に来た銀河パトロール隊を描いた「W3」、地球を侵略しにきた異星人に対して、地球人との混血児が間に立って戦い続ける「レインボー戦隊ロビン」や「遊星仮面」など、戦争というリアリティを手がかりとするアニメは、六〇年代においてはあたりまえに発見できる。「遊星仮面」の主題歌が「戦争をやめろ」という歌い出しで始まり、「サイボーグ009」のエンディングで「平和の戦士」とうたわれているのは、それが誰にとっても疑いなく「正義」だったからにほかならない。
 日本のテレビアニメの輝かしい時代のヒーローたちは、多くが、このような「戦争」と「平和」というリアリティを足がかりにすることで、活躍が可能になっている。
 ところが七〇年代に入ると、日本の世の中では戦争というリアリティが希薄化していく。特にベトナム戦争が終結して以降の世の中では、それが顕著だ。そして同時に、正義のヒーローたちの根拠も希薄化していく。「悪」は戦争という明瞭なリアリティの支えを失って徐々に陳腐化し、戯画化していく。七〇年代ヒーローものは「マジンガーZ」を筆頭に、いかにも作り物めいた「悪」として敵を描くようになっていく。だからそれに立ち向かうヒーローたちの正義も、どんどん作り物めいていく。特に「海のトリトン」が、ヒーローの「正義」の根拠を最終回で崩壊させてしまったことは、象徴的な事件だった。これ以降、正義と悪は徐々に根拠を失って戯画化されていき、輝かしかったヒーローの活躍も、どこか嘘くさいものをただよわせる。または、暗い影をひきずるようになる。作品によっては、自分自身の「正義の暴力」の根拠を見失って、ヒーローとしての自己矛盾のドラマを展開していくようになる。(そのようなものはアニメに先行し、六〇年代後半から「ウルトラ」シリーズなどの特撮作品に表わされていた)
 おたく世代が子供時代に受けとめていたヒーロー的なロマンは、七〇年代以降に徐々に「達成しえないもの」や「嘘にしかならないもの」へと変貌していくのだ。

■サイボーグ009「太平洋の亡霊」の率直さ

 憲法第九条もこのような時代の中で、六〇年代ヒーロー的ロマンの変化と同じように、「もはや達成しえないもの」として扱われるようになっていったように思われる。
 両者は、もともととても近いところにあったのだ。
 たとえばテレビアニメ「サイボーグ009」(一九六八年)の中の一話「太平洋の亡霊」を見ると、その感を強くする。ゼロ戦や戦艦大和などが現代に亡霊となって現われ、アメリカの艦隊を攻撃し、それに対してアメリカ軍が核兵器で反撃するという展開を描くこの回には、憲法第九条の全文が画面を流れていくシーンが登場する。現在の感覚からするとびっくりするようなシーンだが、このようなヒーローものを成立させているのが「戦争」という現実の「悪」のリアリティであり、それに対する批判として平和憲法が対置されていることが、ここでは率直に表出されている。
 この回の脚本は辻真先、演出は芹沢有吾だ。ともに、六〇~七〇年代に娯楽作品としてのアニメの中心を担った作り手であり、決して異端の人ではない。ある意味では「一番普通のアニメ」を作っていた代表格といってよい二人だ。そんな普通の感覚の中に、このような内容の作品も自然にまぎれ込んでいる。
 彼らにとって、アニメの中のヒーローたちが目指すべき正義とは「平和」であり、その「平和」は、平和憲法というかたちで自然に現実の日本と結びついていることが読み取れる。そういう意味で六〇年代ヒーローたちの根拠はごく自然に平和憲法と同じところにある。
 だから私は、このようなアニメ作品がことさらに「反戦」という主張のために作られていたなどということを言いたいわけではない。このようなヒーローたちの正義の根拠は、ごく自然にそういう時代の文脈の中で成立したということを指摘したいのだ。
 そして、戦争という「悪」の現実が七〇年代に不明瞭化していくにしたがってヒーローの正義としての「平和」も不明瞭となり、作品の根拠も揺らいでいく。
 その「揺らぎ」が、自覚的に表現されたのが七〇~八〇年代的なパロディだ。それは「揺らぎ」の現象そのものであると同時に、それに対処しようとする身振りでもあった。(ちなみに、その後「平和」の代わりに目立ってくることばが「愛」だ。それは、公共的な理念としてのことば(=平和)から、個人的な情念のことば(=愛)へと移行することであり、ヒーローという公共的存在のドラマは、単なる個人のドラマへと変わっていく。その結果七〇~八〇年代に愛というキーワードは壮大な宇宙的博愛から身近なラブコメまで、どんどん肥大化していった。八〇年代のロリコンブームやラブコメブームや「視線としての私の独我的世界」はその延長線上にある)

■島本和彦「炎の転校生」と、パロディの倫理

 このような問題を考える時に、事態をわかりやすく語ってくれるのは、島本和彦の作品だ。島本和彦は八〇年代初頭にデビューし、週刊少年誌というメジャーな舞台に、まんがやアニメなどのパロディを大胆に持ち込んで、その中で「熱血まんが」を描いてみせた。
「熱血」という、それこそ六〇年代までの高度成長期のド真ん中にあった価値観を八〇年代において表現しようとすると、それはもはやパロディにするしかない。そして、パロディという「解毒」作用を持った器の中だからこそ、改めて真摯に熱血を語ることが可能になる。そのような装置の中でこそ、ロマンは輝かしさを取り戻す。
 そういう認識を持ち、それを自覚的に表現した島本和彦の当時の身振りは、やはりひとつの「倫理」の表明だったのだ。
 一九九九年に前後編で発表された島本和彦の「炎の転校生 ~同窓会を叩け!!」(小学館文庫版『炎の転校生』第七巻所収)では、そのような行為がいかに自覚的であったかが、この作者自らの手によって示されている。もはや大人になりパロディ空間を脱してしまった主人公が、改めてそのような空間にカムバックしてくる様を描いたこの作品は、島本和彦がまんがで描いた八〇年代論とでもいうべき内容になっている。そこでは、このようなロマン的な文脈を生きようとする者が、九〇年代以降の日本の中でどう振る舞うべきかが、改めて現在における問題として見据えられている。
 この作品の主人公の必殺技「滝沢キック」は、八〇年代的パロディ空間の中では格好よく決まり、敵もいかにも敵らしく敗れ去っていく。しかし、その空間を一歩外へ出たら、その技は単なるリアルな「暴力」でしかない。それは、わざわざ言うまでもない、当然のことだ。暗黙の了解として、作り手にも受け手にも共有されていたはずの認識だ。
 しかし、パロディ空間と、現実の空間の境目が曖昧になり、相互に侵食し始めてしまったらどういうことになるだろうか? もし、シャレをシャレとわかってもらえずに、マジで受けとめられてしまったら、どういうことになるだろうか?
 現実がすでにそのような空間になっているという認識がこの作品を動かし、主人公は「学園」というパロディ空間と現実空間の間を行き来する。(このテーマは、その後島本が個人誌として出版した「嵐の転校生」という作品で、より明瞭に追求されている)
 これは、島本に限らず、おたく世代と呼ばれる者の多くが、現在抱えこんでいる問題だ。
 かつて、現実の世界では根拠を与えられなかった私の暴力性は、パロディ空間の中ではフィクションとしての価値により、根拠を与えられた。そのようにして、ようやく成立した暴力が、しかしそのまま外の世界へ流出していってしまったら、どういうことになるだろうか? 私の「パロディとしてのマッチョ」は、その外では単なる「無根拠なマッチョ」として流通してしまうのではないだろうか?

■「シャレにならない」ということ

 そのような流出行為を、八〇年代以降に作品の中であえてやってみせたまんが家として、江川達也がいる。パロディとしてだからこそようやく根拠づけできた自分の暴力性を、あえて外へ向けて暴走させてみせること。「BE FREE!」以降、江川が徐々に行なってみせたその試みは、やがて他のまんが家たちの手によってエスカレートし、その後まんがの世界で当たり前のように増加していく。「無根拠なマッチョ」は八〇年代後半以降、パロディという留保なしに表現され、パロディとは無縁の文脈の中にも当たり前のように存在していったように思われる。
 その時、「あえて」という留保は、どこへ行ってしまったのだろうか?
 いや、もしかしたら、それらは今でも「あえて」という態度で行なわれているのかもしれない。しかし、今や「あえて」という態度は、多くの場合世代間のギャップのため通用しない。
 文脈の異なる世代が出現すると、そのようなパロディやシャレによって生み出された作品は、シャレという留保や、照れや、開き直りや、屈折や、悪意などが抜け落ち、単にベタな受け取り方をされる。さまざまな「折れ曲がり」が消え去り、まっすぐに受けとめられる。「達成しえないロマン」という折れ曲がりが脱落するのだ。
 しかも、そもそも「あえて」という態度さえ、現実の中に持ち込んだときには、自らを超越的な立場に置こうとすることに結びつくことは、先に述べたとおりだ。
 おたく世代は九〇年代以降、世代間のズレにより、このような「シャレがシャレにならない」という事態に直面している。それは、決して容易な問題ではない。
 このことを、表現者の側から自己本位的に考えれば、シャレを理解しない方が悪いということになる。それは相手の無知なのだ。
 しかし、そのような事態になっているということを知った上で、表現者がなおも「シャレのつもり」を貫くことは、それがその人の自己証明のつもりであっても、やはり周囲から見れば「シャレになっていない」のだ。
 それは、すでに根拠のないマッチョだ。芸のつもりが、芸になっていない。そういう事態に遭遇している。結果的に「シャレにならないことをしている自分」が、そこに出現する。
 あるいは、その機に乗じて、状況を利用してタダ乗りでマッチョを演じる者へと、容易にだらしなく堕ちていく。その結果、「あえて」やってみせていることの「あえて」の部分さえもがうやむやとなり、やがて思わぬ暴力を行使している自分の現実を発見することになる。

■シャレと暴力の行方

 根拠のないマッチョを振りまわし、いつの間にか巨大な暴力を振るっている自分を発見してしまった実例が、地下鉄サリン事件を引き起こしたオウムの信者たちだった。
 彼らのやっていることは、シャレになっていなかった。どう見てもおたく的にシャレでしかない言説(ハルマゲドンだとか、コスモクリーナーだとか、ユダヤの陰謀だとか、出来の悪いパロディとしか思えない言説)を振りまわし、海外へ行って銃器に触って喜ぶミリタリーマニア的な感覚で行動していながら、それが「シャレになっていない」事態へとたどり着いてしまった。
 それは、自分自身の価値観からすれば、決して他者への暴力ではない行為(ポアすること)が、他者にとっては単なる暴力でしかなかったということだ。そのような事態の中に、彼らはいた。
 ならば、自分自身の価値観からすれば、決して他者への暴力ではない行為(シャレやパロディとして「あえて」やってみせている、無根拠なマッチョ)が、他者には単なる暴力でしかない事態だって、容易に生じるのではないか。それは、構造としては同形なのだ。
 おたく世代が現在直面している問題とは、そのような事態だ。それは、単なる世代間のギャップへのぼやき――「近頃の若者はものを知らないから」――で済む問題ではない。
 このギャップに鈍感な者は、結果的に、無自覚な暴力をまき散らす。
 このギャップに気づきながらも、「あえて」「この機に乗じて」自分のやり方を振りまわす者は、意図したものとは別の結果に遭遇し、暴力ではなかったはずのものが暴力として機能する現実に出会うことになるだろう。
 私たちは、自分がそのような「無根拠なマッチョ」を流布しかねない当事者であることを、自覚しているだろうか。結果として、そのようになってしまっている現在を、どこまで自覚しているだろうか。
 八〇年代的なパロディのスタンスに生きてきた者は、今そのような逆襲を受けている。
 たとえば、今、ある種の芸として「右」をやってみせることは、それなりに面白いかもしれない。しかし、それはもはや芸にはならない。それらの姿勢は、反語のつもりがむしろベタなものとして順接的に機能して、結果的には自分の意図に反して、世の中の一定の流れを後押しすることになるだろう。それは、気づかぬうちに自らが状況に加担している、ということだ。
 そういうかたちで、結果的におたくたちの「転向」が起きている。

■おたく文化と憲法第九条

 私たちは、戦後日本のロマン的な価値観の中で育ちながらも、それがすでに実現しえないものであることを思い知り、「もはやパロディにしかならないもの」として隔離しながら、それをおたく的に愛してきた。
 その身振りは、私たちの倫理だ。
 その倫理をいつの間にか曖昧にして、無根拠なマッチョとして外に放出することは、おたく世代の明らかな「転向」だ。そのような事態は、明確には自覚されないまま、いつの間にか進行している。
 私たちは、もう一度自分たちの身体に入り込んでいるロマン的なものを、検分しなおす必要がある。そして、ロマン的な文脈から解き放つべきものは、解き放って新たな根拠を据え直すべきだ。また、そうでないものは、改めてそのロマンが「無根拠なマッチョ」とならない場所へ納め直す必要がある。

 そういう意味で、おたく的な文化に生きてきた私にとっては、九条のとらえ直しは差し迫った問いだ。
 なにしろ私たちは、事実上九条を「達成しえないロマン」として受けとめていたのだ。九条はどう考えても実現が非常に困難なテーゼだからだ。
 にもかかわらずそれが国家的に主張され、掲げ続けられているという驚くべき事実が、今度は逆に私のロマン的な気分に何らかの根拠を与え、支えていたのではないか。私たちの国こそが、最大のロマンを今なお生きているのだ。
 私は、もはや達成しえないロマンとして梶原一騎や手塚治虫やヒーロー作品たちをとらえ、それらを愛しながらパロディにしていた。しかしそのような作品たちよりももっと達成が困難なロマンと思われた現実の「平和」が、九条というかたちで現在もなお国家的に掲げられ続けている。だから、そのようなロマンが現実に生きられている国の中でなら、かつての梶原一騎や手塚治虫やさまざまなヒーローたちの同時代的なロマンも、根拠を与えられ、生き延びうると考えられる。つまり、根拠が失われたはずの古き作品のロマンが現代においても支えられるための担保として、九条が存在していることになる。
 もちろんそれらの作品は、すでに「達成しえない」ものだ。そういう絶望的な自覚があるからこそ、それはパロディとして扱われてきた。しかし、そのパロディ行為に込められた「愛」や、それが「無根拠なマッチョとならないための倫理」が八〇年代以降に支えられ続けるためには、それに価値を吹き込み続けるなんらかの超越的な存在が必要だったのではないか。
 たとえば宮台真司は近年、そのような価値を吹き込む「文化概念」として、「天皇」を語りはじめている。私たちが入れ替え不可能な存在であることを担保するため、私たちにはなんらかの文化概念が必要なのであり、三島由紀夫が提示した問題に触れながら、入れ替え不可能な存在としての天皇を語っている。
 そのような意味でいうなら、おたく的文化の中に生きてきた者にとって、九条はすでに入れ替え不可能ななにかである。私たちが生きてきたおたく的文化は、じつは九条との共存関係によって、八〇年代以降を生き延びてきたのだ。
 だから、仮に九条が撤廃されるような事態となれば、私にとって多くの歴史的作品はその生き生きとした現在的な価値を失うだろう。それは、宮台(や三島由紀夫)にとっての「天皇の存在しない日本」であり、ディズニー的価値観が存在しないディズニーランドであり、「巨人」の存在しない「巨人の星」だ。その空間からは、生き生きとした「生」が失われていく。
 そのとき私にとって、日本という国はネーションとしての価値さえ大きく損なわれることだろう。おたく的な文化の中に生きている私が、この国に対して「愛」を成立させうる最大の接点が、そこにあるからだ。九条のない日本で、私は「サイボーグ009」をまだ見続けることができるだろうか? それをパロディ的に愛し続けることが可能だろうか? いや、それはもはや「達成しえないロマン」ではなく、単に失われたものと化すのではないか。
 だからおたく的ロマンの文化に生きようとする私は、九条の保持を求める。しかしそのためには、九条を単純なロマン的文脈に放置しておくわけにはいかない。先に述べたように、そのままでは打ち捨てられかねないからだ。私たちは、そういう困難な場所にたどり着いてしまっている。しかし今、その問いを考えざるをえないのだ。

(初出:「新現実 Vol.3」2004年5月)

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2016.09.01

松本嵩春「アガルタ(AGHARTA)」完全版

「AGHARTA - アガルタ - 【完全版】 1巻」http://www.amazon.co.jp/dp/4847039823/
「AGHARTA - アガルタ - 【完全版】 2巻」http://www.amazon.co.jp/dp/4847039831/

■コミックガム
『AGHARTA 【完全版】 1&2巻』(松本嵩春:著)を 9月26日に発売!
■コミックナタリー
松本嵩春「AGHARTA」完全版の刊行決定、未発表の完結編を含む全11巻

松本嵩春「アガルタ」の完全版(全11巻)が出る。これまでコミックスは9巻で止まったままだったが、未刊行だった10、11巻も含めて、新たな版元から改めて順次刊行される。連載時に担当編集者(フリーランス)をしていた私が最終話(未発表)の原稿を受け取ってから、すでに4年半。描き溜めたまま、結局雑誌には掲載されることなく眠っていた最終章100数十ページが、初めて読者の目に触れることになる。
かつて連載を追いかけて読んで下さっていた読者の皆さま。ずいぶん時間がたちましたが、ついに明らかになる「アガルタ」の全貌をどうか見届けて下さい。(私はこの新しい本の編集にはタッチしていないけれども)、ぜひよろしくお願いします。

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2016.03.11

訃報

まんが家の山浦章さんが亡くなられました。自宅で心不全で倒れられたとのことです。突然のことでどうにも言葉が出てきませんが、ファンの方々にお知らせしたいと思います。(私は元担当編集で、「オタクの用心棒」「ボクらはみんな生きている」などの作品で一緒に仕事をしてきました)
心からご冥福をお祈りいたします。なんとも残念です。

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2015.09.20

安保

■憲法の「液状化」

 おとといの深夜。採決の進む国会前からの帰路に思ったのは、7、8年前までの自分が考えたり書いたりしていた問題設定も、この「解釈改憲」で無効にされたのか、ということだった。
 「「戦時下」のおたく」という本を作って以降、政治問題に触れる文章を書く機会はほとんどなかったけど、改憲問題については「経済問題も落ち着きを見せたりすれば、水面下から浮上してきて、また向き合うことになるはずなのだ」とは思っていた(2009.08.07)。
 その後、安倍政権が復活した時に相当の覚悟は決めていたつもりだったが、今回のような、直接の改憲ではなく閣議決定による「解釈改憲」と「安保法制」の採択という展開は、予想していなかった。
 私が「おたく」の問題について本格的に文章を書くようになった2002年以降、ずっとこだわってきたテーマは憲法だった。単なる「おたく」のマニアックな話題なら、他にいくらでも優秀なライターはいるし、編集者である私は彼らに文章を頼めばよかったのだが、「おたくとして普通に政治のことも考える」という問いに直面した9.11以降、近くにあまり書き手が見当たらず、自分自身をライターとして起用する形になり、数年間ずるずるといくつかの批評めいた文章を書くことになった。
 そんな中で主に考えたのは、精神的な拠り所としての憲法9条についてだった。「憲法9条を変更する」という行為の射程を「おたく」的な立場から考えた上で、「いずれにしろ我々はこのままではいられない」という現実にどう向き合っていくのかを(主に同世代の人間に対して)問いかける意図だった。

 だが、おとといまでに国会で起きたことは、憲法の変更ではない。憲法の文面にこだわること自体の無効が宣言されたに等しい。「憲法に何と書いてあるか」をどんなに問題にしても、そもそも「ゲーム」が違う、ということにされたのだ。「そこにちゃんとそう書いてある」と指摘しても、それでは何も担保されていない、ということだ。
 憲法の存在基盤が、こんなふうに「液状化」するとは予想していなかった。
 でも、考えてみたら、それは元々原理的にはそうなのだ。文面を実効的に成立させている意志や行為が存在しなければ、そもそも文面は何も力を持たない。あらゆる言語表現は本来「比喩」であって「誤読」という現実しかないのであれば、「憲法に何と書いてあるか」というリテラルなレベルにとどまって考えている態度は、素朴すぎるとしか言いようがない。これまでも、日本の憲法はそのような力のぶつかり合いの中にあったし、自衛隊の合憲・違憲などの問題は、その代表といえるのだろう。
 ひとまずはそう言うことができる。だから、あの「ゲーム」を変更する暴力に直面した者は、それでも自分たちの「ゲーム」を意志し保持し続けなければならないし、それは別に、大仰に文章を書いて発表したり、大きな行動を起こすという意味ではなく、ただ日常的に意志し、表明(デモンストレーション)するだけのことだ。

■「生存の危機」が問題になっている

 私がかつて憲法について考えていたのは、主に精神的・価値観的な問題だったけれども、ゼロ年代後半以降の社会の変化は、もっと生々しい「生存の危機」の問題だったように思える。震災や原発、特に制御不能の放射能漏れの恐ろしさに加え、収入減や雇用不安などの労働問題がきわめて重くのしかかっている。
 労働問題は厳しい。私はまんがの編集者をしているが、ここ10年でまんが家の収入はどんどん減ってきて、職業としては事実上成り立っていない人が多い。特に歳をとっていくと、人気や仕事量を維持するのは難しくなる。フリーランスのライター、編集者なども同様だ。急激に没落していく出版業界の中で、我々はこの先食って行けるのか? 最近会っていないあのまんが家は、今どうやって生きているのか? 食えなくなったフリーランスの老後はどうなる? どこかに再就職できるのか? どうにも暗い未来しか見えない。
 おそらく、ある年齢層までのサラリーマンなら、「自分の世代はぎりぎり逃げきれる」という読みで、現在の仕事を失わないよう保身を心がけながら、年金が出るまで首をひっこめてやりすごすこともできるかもしれない。しかし、もし彼らに子や孫があるならば、その未来として、この危機感はかなり共有できるはずだ。
 この夏のデモの盛り上がりにも、そんな「生存の危機」が根底にあったような気がする。私がかつて論じていたような「おたくのロマンティシズム」などという抽象的な問いにとどまらず、もっと具体的で身体的な「生存の危機」として、この安保法制はとらえられていたと感じる。だから、あれだけバラバラな人たちが勝手に集まって、勝手に意志表示をして、勝手に帰っていたのだ。

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2013.07.29

風立ちぬ

気持ち悪い映画だった。

 

(2013.8.1追記)
 映画を見た後、毒気に当てられてなんだか体調までおかしくなったのだけど、3日たってもまだ戻らない。
 男を正面から描くことをずっと避けてきた宮崎駿が、ここまでまっすぐ男を描くとは思っていなかった。描いたらこうなるわけだ。それはそうだ。声に庵野秀明を選ぶ本気さ(あるいは開き直り)は、半端ではなかった。とんでもないものを作ったものだ。

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2011.07.27

ジョン・シルバーは今どこにいるのか(本文)

「ジョン・シルバーは今どこにいるのか ――追悼・出崎統監督」
ササキバラ・ゴウ
(「月刊COMICリュウ」2011年7月号別冊付録)

 2004年の正月、映画館で『劇場版とっとこハム太郎 ハムハムグランプリン オーロラ谷の奇跡 ~リボンちゃん危機一髪~』を見た時の感慨は、今でも忘れられない。『宝島』から25年、『白鯨伝説』から6年。そこで〈船長〉はまだ走り続けていた。雪山の中を鼻水垂らしながら駆け回り、ハム太郎を相手に熱く勝負を繰り広げていた。七つの海を乗り越えて夢とロマンを追っているはずの〈船長〉が、海を見失い、山の奥深くをさまよい、寒さに凍えながら奮闘する姿。それは、1970年代の出崎監督作品に見た〈輝き〉が、ノスタルジーに引きこもることなく、21世紀の現実の中でもなお走り続けている証のように、私には思われた。ジョン・シルバーの記憶にとらわれたまま、いつの間にかただ惰性で歳を重ねてきてしまった人間にとって、心を揺り動かされる映像だった。ふだん心の奥に棚上げしておいたものが、どこか後ろめたさとともに、うずき始める。何度もよみがえるその感覚を反芻しながら、そのことを改めて考えてみたい。

■躍動感あふれる70年代の出崎監督作品

 『ガンバの冒険』『家なき子』『宝島』。数ある出崎監督作品の中でも、70年代に作られたこの3作は、その時代の記憶とともに、ある特別な輝きを放っているように思われる。もちろん、ここに70年『あしたのジョー』、73年『エースをねらえ!』などの名作も含めていいのだが、まんが原作の力に頼らずに作られたこの3作は、アニメ制作スタッフの力を特に印象づけるものだった。
 高度成長を驀進した60年代が過ぎ、70年代に政治も経済も思想も挫折を迎え、色あせていく閉塞的な日本社会の空気の中で、これらのアニメの輝きはひときわまぶしいものだった。79年の劇場版『エースをねらえ!』にいたるまで、70年代の出崎監督作品の躍動感に満ちた作品の数々は、今見ても信じられないくらい生気にあふれ、力強い。特に、前へ向かって生きようとする人間の推進力は、これらの作品に決定的な輝きを与えていた。出崎監督作品というと、すぐに「独特の華麗な演出技法」のような決まり文句で語られることが多いが、重要なのは、その多彩な演出によって何が実現されたかだ。『ガンバの冒険』のガンバや仲間たち、『家なき子』のレミやビタリス、『宝島』のジムやジョン・シルバー。もちろん、ジョーや力石、岡ひろみや宗方仁…。彼らが躍動し、呼吸する時間が生き生きとして輝くからこそ、その演出技法は印象的なものとして記憶に焼きつけられるのだ。
 その無垢なまでの輝きに、80年『あしたのジョー2』で、何かかげりのようなものが射す。力強さが失われたわけではない。むしろ、ますます演出は厚みを増しているとさえ思える。だが、そこに描かれる苦難に満ちた生は、『家なき子』などに描かれた苦難とは、異なる色合いを帯びていた。「七〇年を遠く過ぎて再び作られた「あしたのジョー2」が、時代におき去りにされて、死臭しか発しなかった」と指摘したのは、宮崎駿である(88年)。73年に完結したまんがを、時代の空気が変わった80年代になってアニメ化したことで、そのような印象を与えた側面は確かにあるだろう。

■〈輝き〉が去った世界で生きること

 だが、宮崎が指摘する「死臭」は、原作まんがが当時すでに発していたものでもある。むしろ、死臭がただよい始めるような現実の時代状況の中で、いかに生を全うしうるかを正面から問うたのが、原作まんがの後半の展開ではなかったのか。主人公のジョーにとって、力石もカーロスも失われてしまった世界で、それでもなおそこに踏みとどまって戦い続けるとは、どういうことなのか。自分の命を燃やす目標が去ってしまった世界で、輝かしい何かが消え去った後で、いかにその世界を受け入れて、前向きに生きたらいいのか。それは、70年代以後徐々に社会一般で広く共有されていく問題設定だ。『あしたのジョー2』は、時代におき去りにされたのではない。むしろ、時代の抱え込んだ条件を受けとめて、その中で生きることの意味を問い続けた作品だ。当然、それは単純に晴々としたものにはならない。苦しみ、あがき、のたうち回る生を描き続けることになる。(それは、90年代に『風の谷のナウシカ』のまんがを完結させることで、後に宮崎もたどり着いた問題設定だと言ってもいいだろう)
 『あしたのジョー2』以後の約10年間に出崎が監督した『エースをねらえ!2』『エースをねらえ!ファイナルステージ』『おにいさまへ…』などは、どれも〈輝き〉が失われることや、失われてもなおそこで生きることの苦闘が描かれる。宗方を失った岡、岡に追い越されていくお蝶、華麗な宮様やサン=ジュストの抱え込んだ暗闇。90年代の『ブラック・ジャック』シリーズなどにも、それは強く感じられる。
 『ガンバの冒険』や『家なき子』や『宝島』のような無垢な輝きは、もはやありえない。それは、あの時代とともにあったのだ。それらの作品は、現在見ても全く価値を失っていないし、むしろますますかけがえのないものになっているが、それを作りえたのは、60年代の余韻の残るこの時代だからこそではなかったのか。

■シルバーからエイハブへ

 しかし、なんとなくそう肌身に感じてわかってはいても、過去の作品の水を味わい直して、その幸福感をまた得たいという思いは、97年に『白鯨伝説』の放送が始まった時に、私の中でも期待として大きくふくらんだ。シルバー船長の再来としての、エイハブ船長。多くの人がそんなふうに、2つのキャラクターをダブらせて見たはずだ。いざ始まってみると、その内容は『宝島』というよりも『ガンバの冒険』に近いものではあったが、いずれにしろあの〈輝き〉が再現される瞬間を心待ちにして、私もその展開を追っていた。
 ところが、この作品は制作会社の倒産という不幸に見舞われ、第18話をもって放送が中断してしまう。関係者の努力により制作継続の体制が作られ、約1年後に放送が再開されることにはなったが、全39話の予定が26話に短縮され、あったはずの最後のクライマックスの展開は省かれ、駆け足で終える最終回となってしまった。
 どうしても『宝島』を期待しながら見てしまうという受け手の思い込みと作品とのずれに加えて、そのような作品内容の未消化さも加わって、『白鯨伝説』はもやもやしたものを残したまま終わった。最終回に主人公エイハブが残したセリフは、この作品が単なる『宝島』を味わい直すノスタルジーではなく、今の現実の厳しい認識の中にあることを感じさせてくれるものだったとはいえ、それを十分に描き尽くす余裕がないまま、作品は幕を閉じてしまった。
 制作体制の中断という不幸なできごと。だが問題はそれだけではなかったかもしれない。90年代という時代の中で、ジョン・シルバー的な何かを貫こうとすることは、出崎監督といえども、もはやかなわないことだったのだろうか。受け手がかつての水を味わい直そうと期待したように、出崎監督自身もどこかノスタルジックなリメイクを試みて、壁にぶつかった面もあったのだろうか? その疑問には、結局答が出ないまま、未消化な行き場のない思いだけが残った。

■ハムクックは再び海を目指す

 『劇場版とっとこハム太郎 ハムハムグランプリン オーロラ谷の奇跡 ~リボンちゃん危機一髪~』が、そんな半端な気持ちに、決着をつけてくれた。
 ハム太郎に向かって「でっけえ夢とかよ、あんのか?」と問い、「そんなもの、とりあえずはないのだ」という身も蓋もない答に、なぜか納得するハムクック船長は、『白鯨伝説』のエイハブが明確に出し切れなかった答を、きちんと出してくれたように、私には感じられた。
 「でっけえ夢」なんかなくても構わない。人はそれでもすばらしい生を送ることができる。それは、むしろうらやましいくらいだ。そう言いながらハムクックは、一方で「でっけえ夢」がないとうまく生きられない自分自身を、この極寒の雪山の現実において改めて確認し、はるか遠くの海を思う。ここには、2000年代に〈船長〉がたどり着いた現実認識がある。この現実の中で、すでに不可能になったロマンティシズムは、不可能ゆえに捨てられるわけではない。むしろ、永遠にたどり着かない、不可能なものだからこそロマンティシズムなのであり、その〈輝き〉を追わずにはいられない自分が、ここにいるのだ。
 今この時代の中で、無理にロマンを押しつけることはせず、しかし自らは決してそれを捨てないハムクック船長は、ロマンとは無縁の世界に生きるハム太郎に「うらやましいぜ。そういう奴にはかなわねえ」と脱帽しながらも、もう一度海を目指す。もちろん、彼がうまく海に戻れても、おそらく「わかったことといえば、海の水はしょっぱいということだけだった」という甘くない現実が待っていることだろう。やはりそれは、いつまでもたどり着けない夢なのだ。
 ハムクックというひとつの到達点を見せられた私は、なんだかほっとして、すがすがしい気持ちで映画館を後にすることができた。無理に肩に力を入れて理想を強弁するのではなく、かといって理想を捨てるのでもなく、現実の厳しさに直面しながら、ただ自然に前へ進む。その静かな覚悟のようなものに、私は励まされる気がした。

■今ここにいて思う

 素朴に夢を追うことができた時代は、もはやない。かつては本当にあったのかどうか、そのこと自体も本当はわからないが、少なくとも、「もはやない」と思いながら「死臭」ただよう時代の中で生きている私がここにいる。そこで我々に必要なのは、たとえば愚かな文明世界をそっくり滅ぼして一からやり直すドラマでもなく、また近代認識論的な自意識に閉じこもって孤高のセンチメンタリズムに浸ることでもない。この経験的な世界の実在をあえて受け入れて信じて前向きに生きることだ。
 そのように世界を信じるための絆を実感させてくれる〈輝き〉を、私は出崎監督のいくつもの作品から受け取ったし、今も受け取り続けている。
 ここで書いてきたことが、どこまで妥当であり、一般性を持っているのかはわからない。だが、70年代の出崎監督作品に心動かされた世代には、このような受けとめ方をした人間もいるのだということだけは、書き記しておきたい。何人かの友人たちと出崎監督作品を語る時、彼らの目に浮かぶ独特の艶は、きっとそういう意味なのだろうと、私は思っている。

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