ジョン・シルバーは今どこにいるのか(本文)
「ジョン・シルバーは今どこにいるのか ――追悼・出崎統監督」
ササキバラ・ゴウ
(「月刊COMICリュウ」2011年7月号別冊付録)
2004年の正月、映画館で『劇場版とっとこハム太郎 ハムハムグランプリン オーロラ谷の奇跡 ~リボンちゃん危機一髪~』を見た時の感慨は、今でも忘れられない。『宝島』から25年、『白鯨伝説』から6年。そこで〈船長〉はまだ走り続けていた。雪山の中を鼻水垂らしながら駆け回り、ハム太郎を相手に熱く勝負を繰り広げていた。七つの海を乗り越えて夢とロマンを追っているはずの〈船長〉が、海を見失い、山の奥深くをさまよい、寒さに凍えながら奮闘する姿。それは、1970年代の出崎監督作品に見た〈輝き〉が、ノスタルジーに引きこもることなく、21世紀の現実の中でもなお走り続けている証のように、私には思われた。ジョン・シルバーの記憶にとらわれたまま、いつの間にかただ惰性で歳を重ねてきてしまった人間にとって、心を揺り動かされる映像だった。ふだん心の奥に棚上げしておいたものが、どこか後ろめたさとともに、うずき始める。何度もよみがえるその感覚を反芻しながら、そのことを改めて考えてみたい。
■躍動感あふれる70年代の出崎監督作品
『ガンバの冒険』『家なき子』『宝島』。数ある出崎監督作品の中でも、70年代に作られたこの3作は、その時代の記憶とともに、ある特別な輝きを放っているように思われる。もちろん、ここに70年『あしたのジョー』、73年『エースをねらえ!』などの名作も含めていいのだが、まんが原作の力に頼らずに作られたこの3作は、アニメ制作スタッフの力を特に印象づけるものだった。
高度成長を驀進した60年代が過ぎ、70年代に政治も経済も思想も挫折を迎え、色あせていく閉塞的な日本社会の空気の中で、これらのアニメの輝きはひときわまぶしいものだった。79年の劇場版『エースをねらえ!』にいたるまで、70年代の出崎監督作品の躍動感に満ちた作品の数々は、今見ても信じられないくらい生気にあふれ、力強い。特に、前へ向かって生きようとする人間の推進力は、これらの作品に決定的な輝きを与えていた。出崎監督作品というと、すぐに「独特の華麗な演出技法」のような決まり文句で語られることが多いが、重要なのは、その多彩な演出によって何が実現されたかだ。『ガンバの冒険』のガンバや仲間たち、『家なき子』のレミやビタリス、『宝島』のジムやジョン・シルバー。もちろん、ジョーや力石、岡ひろみや宗方仁…。彼らが躍動し、呼吸する時間が生き生きとして輝くからこそ、その演出技法は印象的なものとして記憶に焼きつけられるのだ。
その無垢なまでの輝きに、80年『あしたのジョー2』で、何かかげりのようなものが射す。力強さが失われたわけではない。むしろ、ますます演出は厚みを増しているとさえ思える。だが、そこに描かれる苦難に満ちた生は、『家なき子』などに描かれた苦難とは、異なる色合いを帯びていた。「七〇年を遠く過ぎて再び作られた「あしたのジョー2」が、時代におき去りにされて、死臭しか発しなかった」と指摘したのは、宮崎駿である(88年)。73年に完結したまんがを、時代の空気が変わった80年代になってアニメ化したことで、そのような印象を与えた側面は確かにあるだろう。
■〈輝き〉が去った世界で生きること
だが、宮崎が指摘する「死臭」は、原作まんがが当時すでに発していたものでもある。むしろ、死臭がただよい始めるような現実の時代状況の中で、いかに生を全うしうるかを正面から問うたのが、原作まんがの後半の展開ではなかったのか。主人公のジョーにとって、力石もカーロスも失われてしまった世界で、それでもなおそこに踏みとどまって戦い続けるとは、どういうことなのか。自分の命を燃やす目標が去ってしまった世界で、輝かしい何かが消え去った後で、いかにその世界を受け入れて、前向きに生きたらいいのか。それは、70年代以後徐々に社会一般で広く共有されていく問題設定だ。『あしたのジョー2』は、時代におき去りにされたのではない。むしろ、時代の抱え込んだ条件を受けとめて、その中で生きることの意味を問い続けた作品だ。当然、それは単純に晴々としたものにはならない。苦しみ、あがき、のたうち回る生を描き続けることになる。(それは、90年代に『風の谷のナウシカ』のまんがを完結させることで、後に宮崎もたどり着いた問題設定だと言ってもいいだろう)
『あしたのジョー2』以後の約10年間に出崎が監督した『エースをねらえ!2』『エースをねらえ!ファイナルステージ』『おにいさまへ…』などは、どれも〈輝き〉が失われることや、失われてもなおそこで生きることの苦闘が描かれる。宗方を失った岡、岡に追い越されていくお蝶、華麗な宮様やサン=ジュストの抱え込んだ暗闇。90年代の『ブラック・ジャック』シリーズなどにも、それは強く感じられる。
『ガンバの冒険』や『家なき子』や『宝島』のような無垢な輝きは、もはやありえない。それは、あの時代とともにあったのだ。それらの作品は、現在見ても全く価値を失っていないし、むしろますますかけがえのないものになっているが、それを作りえたのは、60年代の余韻の残るこの時代だからこそではなかったのか。
■シルバーからエイハブへ
しかし、なんとなくそう肌身に感じてわかってはいても、過去の作品の水を味わい直して、その幸福感をまた得たいという思いは、97年に『白鯨伝説』の放送が始まった時に、私の中でも期待として大きくふくらんだ。シルバー船長の再来としての、エイハブ船長。多くの人がそんなふうに、2つのキャラクターをダブらせて見たはずだ。いざ始まってみると、その内容は『宝島』というよりも『ガンバの冒険』に近いものではあったが、いずれにしろあの〈輝き〉が再現される瞬間を心待ちにして、私もその展開を追っていた。
ところが、この作品は制作会社の倒産という不幸に見舞われ、第18話をもって放送が中断してしまう。関係者の努力により制作継続の体制が作られ、約1年後に放送が再開されることにはなったが、全39話の予定が26話に短縮され、あったはずの最後のクライマックスの展開は省かれ、駆け足で終える最終回となってしまった。
どうしても『宝島』を期待しながら見てしまうという受け手の思い込みと作品とのずれに加えて、そのような作品内容の未消化さも加わって、『白鯨伝説』はもやもやしたものを残したまま終わった。最終回に主人公エイハブが残したセリフは、この作品が単なる『宝島』を味わい直すノスタルジーではなく、今の現実の厳しい認識の中にあることを感じさせてくれるものだったとはいえ、それを十分に描き尽くす余裕がないまま、作品は幕を閉じてしまった。
制作体制の中断という不幸なできごと。だが問題はそれだけではなかったかもしれない。90年代という時代の中で、ジョン・シルバー的な何かを貫こうとすることは、出崎監督といえども、もはやかなわないことだったのだろうか。受け手がかつての水を味わい直そうと期待したように、出崎監督自身もどこかノスタルジックなリメイクを試みて、壁にぶつかった面もあったのだろうか? その疑問には、結局答が出ないまま、未消化な行き場のない思いだけが残った。
■ハムクックは再び海を目指す
『劇場版とっとこハム太郎 ハムハムグランプリン オーロラ谷の奇跡 ~リボンちゃん危機一髪~』が、そんな半端な気持ちに、決着をつけてくれた。
ハム太郎に向かって「でっけえ夢とかよ、あんのか?」と問い、「そんなもの、とりあえずはないのだ」という身も蓋もない答に、なぜか納得するハムクック船長は、『白鯨伝説』のエイハブが明確に出し切れなかった答を、きちんと出してくれたように、私には感じられた。
「でっけえ夢」なんかなくても構わない。人はそれでもすばらしい生を送ることができる。それは、むしろうらやましいくらいだ。そう言いながらハムクックは、一方で「でっけえ夢」がないとうまく生きられない自分自身を、この極寒の雪山の現実において改めて確認し、はるか遠くの海を思う。ここには、2000年代に〈船長〉がたどり着いた現実認識がある。この現実の中で、すでに不可能になったロマンティシズムは、不可能ゆえに捨てられるわけではない。むしろ、永遠にたどり着かない、不可能なものだからこそロマンティシズムなのであり、その〈輝き〉を追わずにはいられない自分が、ここにいるのだ。
今この時代の中で、無理にロマンを押しつけることはせず、しかし自らは決してそれを捨てないハムクック船長は、ロマンとは無縁の世界に生きるハム太郎に「うらやましいぜ。そういう奴にはかなわねえ」と脱帽しながらも、もう一度海を目指す。もちろん、彼がうまく海に戻れても、おそらく「わかったことといえば、海の水はしょっぱいということだけだった」という甘くない現実が待っていることだろう。やはりそれは、いつまでもたどり着けない夢なのだ。
ハムクックというひとつの到達点を見せられた私は、なんだかほっとして、すがすがしい気持ちで映画館を後にすることができた。無理に肩に力を入れて理想を強弁するのではなく、かといって理想を捨てるのでもなく、現実の厳しさに直面しながら、ただ自然に前へ進む。その静かな覚悟のようなものに、私は励まされる気がした。
■今ここにいて思う
素朴に夢を追うことができた時代は、もはやない。かつては本当にあったのかどうか、そのこと自体も本当はわからないが、少なくとも、「もはやない」と思いながら「死臭」ただよう時代の中で生きている私がここにいる。そこで我々に必要なのは、たとえば愚かな文明世界をそっくり滅ぼして一からやり直すドラマでもなく、また近代認識論的な自意識に閉じこもって孤高のセンチメンタリズムに浸ることでもない。この経験的な世界の実在をあえて受け入れて信じて前向きに生きることだ。
そのように世界を信じるための絆を実感させてくれる〈輝き〉を、私は出崎監督のいくつもの作品から受け取ったし、今も受け取り続けている。
ここで書いてきたことが、どこまで妥当であり、一般性を持っているのかはわからない。だが、70年代の出崎監督作品に心動かされた世代には、このような受けとめ方をした人間もいるのだということだけは、書き記しておきたい。何人かの友人たちと出崎監督作品を語る時、彼らの目に浮かぶ独特の艶は、きっとそういう意味なのだろうと、私は思っている。
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