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2008.04.24

08■絵と時間

(ここにあるのは旧ファイルです。このページの内容を踏まえた、新たなテキスト「まんが史の基礎問題」をアップしています。トップページからアクセスして下さい)


 まずは、絵と時間について。
 絵は、普通に時間を表現する。むしろ、「瞬間」を描く絵というのは原則としてありえない。そこには必ず何らかの持続が入り込む。
 それを具体的に述べるなら、1.そもそも人間の認識は時間の幅の中で成立する。だから見て認識したものを絵にする場合、それはすでに時間の幅を描くことである。これは昔から当たり前のことであったし、近代以降の絵画においては、それをいかに自覚的に行なうかが問題にもなってきた。また心理学の面から言っても、ジェイムズ・ギブソンのアフォーダンス論に従うなら、絵を描くこととは、知覚された対象の「不変項」を表現しようとすることであり、その成立は「動き」「時間」によって支えられている。 2.絵を描く行為自体が、時間の幅の中にある。線を引くことは、時間経過の痕跡でもある。たとえば、まんがの中に描かれた「放物線」は、軌道の残像の効果線である以前に、そもそも描き手の手が動いた痕跡であり、時間が刻み込まれている。線が生成されることは、時間そのものである。 3.また、線を引くことは、「自分が引いた線を見ながら、さらに線を引く」行為である以上、その間、描き手の認識自体も刷新され続けている。だから絵は、不断に変動しつづける描き手の認識の累積であり、その意味でも時間の痕跡である。

 それにもかかわらず、「動かない絵は、原則として動きや時間を表わさない」という言説が一般的に広がる理由は、我々が普段使い慣れてしまった「静止画」という言葉を検討するとわかりやすい。
 静止画とは、動画に対比して生まれてきた言葉であるように思われる。そもそも絵は物理的に動かないのが当たり前だから、本来であれば、わざわざ「静止画」と言う必要もなく、単に「画」や「絵」でよかったはずだ。画や絵は、今も昔も動かない。それ自体は動かないが、動きや時間を普通に表現する。しかし、いったん「動画」という言葉が生まれると、それに対する静止画は「動かない画」ではなく、「動きを表わさない画」と誤解されやすい。形態と機能が混同されるのだ。
 この誤解に基き、「静止画によって、いかにして動きや時間を表現するか」という、ありがちな疑問が提出される。
 もし、「画によって、いかにして動きや時間を表現するか」を検討したいのであれば、まずは絵画の問題(そして、それを支える知覚の問題)のこれまでの研究成果を十分踏まえてから、その後に、まんが固有の事項を見いだして、行なうべきだろう。
 「まんがはいかにして時間を表現するか」という設問は、まんがを考える上で意義があるが、それに直接答えようとすると、多くの場合、落とし穴が待っている。

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