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2008.04.17

06■文字について【2】セリフ

(ここにあるのは旧ファイルです。このページの内容を踏まえた、新たなテキスト「まんが史の基礎問題」をアップしています。トップページからアクセスして下さい)


 絵の中に「セリフ」があるというのは、どういうことを意味するだろうか。
 セリフがあるということは、その表現が演劇的であるということだ。その作品が必ずしも「物語的」である必要はない。そこに人物がいて何かを演じているからこそ、発話という「行動」も描写される。だから、最低限描かれているのは「人物の存在」と「行動」であり、そこに派生する具体的な意味や、象徴的な意味や、物語的な意味や、あるいは無意味は、時代や作品によってさまざまである。

 人物の口元からことばが発せられているかのように表現した絵は、かなり古くから見られるようで、少なくともヨーロッパでは中世の宗教画等でフキダシ表現が確認できる。17世紀前半のイギリスでは、フキダシとコマ割り表現の両方を用いたものも見られる。18世紀になるとイギリスでさまざまな風俗画家が活躍しているが、ホガースやギルレイなどの作品にもフキダシ表現が見られる。
 ヨーロッパでは、特にルネサンス期以降の美術表現は、キリスト教美術がナラティブな傾向を強めており、宗教画の中にドラマチックな表現や、風俗画的な表現が増えていく。18世紀イギリスの風刺画も、そのようなルネサンスからバロックに至る美術の延長線上にあるように思われる。たとえばホガースの絵の中の情報量の密度を挙げるための手法は、人物の演劇的な表現や、文字(欄外キャプション)による解説や、画中画的な表現の活用など、どれもそれ以前の時代の宗教画の手法である。風刺画が異なるのは、テーマが時事風俗に徹しているという点だ。宗教画は、風俗的なものを入口にしながらも、あくまでも聖的なものの表現が目的であったが、風刺画はどこまでも時事風俗表現であり、ジャーナリスティックである。
 ホガースは、教会が一般民衆に教義をわかりやすく説くために導入した手法を、徹底的に俗化させている。
 一方、それまでの絵と文字の組み合わせ表現の分野では、ルネサンス期以降にはインプレーサ集やエンブレム集など、絵と文字の象徴的表現の意味を解読している本が流行しており、それらは「簡単にはわからない」ということが前提になっていた。象徴的なものを読み解くことは、それ自体が文化であり、教養なのだ。ホガースなどの風俗画は、そういう象徴的表現の文化を踏まえながらも、徹底的にかみくだいて表わそうとしており、そのようなわかりやすさ優先の方向性の先に、セリフを画中に描き込むという、演劇的な表現も導入されている。
 だからそれは、絵の「象徴性」のしきいを下げるだけにはとどまらず、いずれはその「象徴性」からすっかり離れた表現へテイクオフしてく予感をはらんでいる。結果的に見れば、画中にセリフを描くことは、人物の行動の表現を、象徴ではなく具体的・即物的なレベルへと拡張する可能性を導き出す。それは、後にコマ割りという形式を得ることで、さらに具体的で細かい行動の描写を可能にしていく。
 そこで描かれる演劇的な「人物の存在」と「行動」には、だからこそ、いずれは「リアリズム」の問題が関わることになる。

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