03■まんがとは何か
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一般的にまんがの「起源」を考える場合、いくつかの立場がある。
第一に、現在あるまんがの形式的な検討を行なって、それに類似したものを過去に探す立場。たとえば、まんがを「絵」「文字」「コマ割り」という要素の総合ととらえて、それにあてはまるものを、時代をさかのぼって探していくやり方だ。もちろん、まんがを具体的にどのような要素や形式にとらえるかは、人によって異なるため、歴史の検証も異なる。(たとえば「絵」だけを重視して、他の要素をあえて無視すれば、類似したものとして「鳥獣人物戯画」などが注目を浴びる) また、そもそも「絵」「文字」「コマ割り」などの個々の要素についても、それぞれ歴史的な検討を加える必要があり、決して容易な話ではない。(そもそも絵とは何か。文字とは何か)
第二に、メディアや社会性から検討する立場がある。まんがを、表現の形式的な問題ととらえるよりは、新聞や雑誌などのメディアによって広まった点に注目し、社会的な機能(たとえば「風刺」「笑い」)を重視する考え方だ。まんがは印刷技術による複製物として普及してきたのであり、大衆によって広く共有されるという、近代性を無視しては検討しにくい。たとえば風刺という行為が成立するためには、ある種の均一性をもった層としての「大衆」が成立している必要があり、またそれを支えるマス・メディアが必要だ。しかも、そのような場で表現される内容は、描いた人間の意匠や個性に帰せられるよりは、新聞や雑誌などのメディア側の意図や、社会的な要請が強く反映している側面が強いため、作品である以上に、社会風俗としてとらえる必要もある。このような観点からは、「コマ割りまんが」という形式的な問題は、あまり重視されない。
第三には、「まんが」という言葉の歴史を検討する立場がある。まんがという語はいつ出現し、どのような意味で使われてきたのか。このことは、上記2つの立場と関連しながら、十分考慮されるべき問題である。たとえば、このことへの配慮がないまま単に字面だけに注目すると、「北斎漫画」が必要以上に大きな注目を浴びたりすることになる。また、日本では「劇画」「コミック」などと呼称が多様化していくことも、視野に入れる必要がある。海外では、少なくともヨーロッパやアメリカにおける呼称の変化は、まんがの初期の歴史の検討には欠かせない。
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