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2012.08.01

まんが史の基礎問題05■コマ割り表現の歴史

 まずは「コマ割り」から考えてみる。そもそも「コマ割り」まんがが成り立つために最低限必要な条件とは何だろうか。
 ここではそれを、「絵が複数ある」ことと考える。他の要素をすべて捨てても、「絵が複数ある」という要素だけは「コマ割り」まんがには不可欠である。それを本稿の根本的な立場とし、以後の検討を進める。
 絵が複数であることは、それが「数えられるもの」だということである。しかし、そもそも絵は数えられるものなのか。たとえば現存する人類最古の絵を見るならば、数えることは不可能である。10万年以上前といわれるアルタミラやラスコーの洞窟壁画を見ると、絵がいくつあるのかは数えられない。そこに描かれた動物などの個体数を数えることはできるが、どこまでがひとつの絵で、どこからが別の絵なのか、区別することは困難だ。中には、後の時代に上から重ね描きしたと思われる絵もあり、それらは加筆されたひとつの絵なのか、別の絵が同じ位置に存在するだけなのか、確定できない。
 絵が数えられるためには、区切られる必要がある。一定の領域が成立し、絵の範囲が明確にならないと、数えることはできない。それが、絵が複数であるための条件だ。区切ることによって、境界線が生まれ、絵の領域の内と外も出現する。我々は「絵を区切ること」の歴史を検討する必要がある。

 人はいかに絵を区切ってきたのだろうか。絵は一般的に大きく分けて、装飾などの副次的な存在として描かれる場合と、絵自体を目的としてメディア上に描かれる場合とがある。前者は、たとえば壷や楽器などの道具や建築物などを飾るものであり、紀元前から多くの「区切られた絵」が存在する。歴史的に見れば、これらにおいては領域を分割して活用するという行為は広く普通に行なわれてきたと思われる。そもそも「区切り」を刻み込むこと自体が、そのまま「飾り」にもなることを考えれば、ある意味では当然のこととも言える。
 後者は、紙や板などの「書かれるためのメディア」を用いたものである。画巻、書冊(本)、タブローなどが一般的だ。
 両者の区別は必ずしも明瞭ではない場合もあるが、「まんが」の歴史を考えるにあたっては、当面は「飾り」ではなく、表現としてメディア上で自立しているものを対象としていく。
 まずは、絵を描くための代表的な3つのメディアから問題点を引き出してみる。
・タブロー……1枚の絵
・画巻……展開する絵
・書冊(本)……ページ上の絵
 これらのメディアにはそれぞれの歴史があるが、ここでは詳しい説明は省く。形態からわかりやすく整理するならば、タブローは一般的に絵の領域がメディア(紙やキャンバスなど)の領域全体を占有するものであり、画巻は(原理上は)領域がひたすら先延ばしされてゆくものであり、書冊はページの一部か全体を絵が占めて、別のページに続く可能性があるものである。他にもメディアの形式はいろいろあるが、機能的に見るならば以下のように整理することができるだろう。
a.1枚のメディア上に、1つの絵(一般的な絵画)
b.1枚のメディア上に、複数の絵
c.1枚のメディア上に、数えられない絵(一般的な画巻作品)
d.2枚以上のメディア(本、雑誌、新聞、連作画)
 我々が主に検討すべきは、bとdである。
 bは、美術の歴史の中で見ていくと、古くは祭壇画や曼陀羅などの宗教的表現に多い。特に古くから事例が多いのはキリスト教美術である。仏教圏では絵を区切るという傾向は比較的少ないが、キリスト教圏では、わざわざ線で囲ったマス目に絵を描く事例が数多く見られる。聖書の内容を複数のコマ絵で表現したものは、遅くとも6世紀までには確認できる。印刷技術によってそのような形式の版画が本格的に普及するのは15世紀以降であり、内容もやがて宗教以外のものも増え、多様化していく。
 dでも、やはりキリスト教がらみのものが多く、古い事例は5世紀以前にさかのぼる。印刷技術以前の写本に描かれた挿画(ミニアチュール)には、コマ割りされた図像表現が多数見られ、現在のフキダシの原型と考えられる表現も見られる。
 b、dの歴史を仔細に検討するには、それだけで膨大な調査が必要であり、ここでは歴史を概観する作業にとどまるが、古い時代から順に各地の事例を見ていくと、少なくともヨーロッパ中世の彩飾写本のミニアチュールにおいて、特に表現が大きく拡張していることが感じられる。具体的には、
1.複数のコマが明らかに物語の時間順に並んでいく。
2.複数のコマを通じて明らかに同一の人物が登場して活躍する。
3.セリフが口から発せられている。
の3点が揃っていることである。この時代のミニアチュールが、このような特徴の最も早い事例ではないにしても、ここに多くの事例が集中的に見られることも確かであり、注目に値すると思われる。

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