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2012.08.02

まんが史の基礎問題06■「時間性コマ配置」と「関係性コマ配置」

 中世のミニアチュールの中でも、際立って興味深いもののひとつは、14世紀前半に描かれたといわれる彩色写本『ライモンドゥス・ルルス小約言(Electorium parvum seu breviculum)』である。挿画を見ると、複数のコマが時間順に並び、同じ外見の人物(ルルス)が活躍する上に、セリフが口から直接出る独特の形式を採っている。単に形式的な問題だけであれば、これは十分「コマ割りまんが」らしき条件を備えているとも言えるだろう。
 さらに興味深いのは、ライモンドゥス・ルルス(Raimundi Lulli/1232年頃~1315年)という人物の思想である。この『小約言』はルルスの弟子のトマスが、ルルスの死後に彼の著作を編纂したものであり、挿画の描き方を見るかぎりでは、ルルスの思想が反映されていることが感じられる。宣教師であったルルスは、さまざまな概念を記号化して機械的に結合させることにより、あらゆる真理を表現しようとしたことで知られ、それは後のデカルトやライプニッツなどにも影響を及ぼし、いわば記号論理学の源流としても評価されている人物である。ルルスの著書には、彼の「結合術」の説明として「図表」が使われている。概念を表わす項を、他の項とさまざまに組み合わせ、その関係性の網目の中であらゆる真理が表現できると考えたのである。そのような関係性のチャートも、形式的に見れば「コマ割り」である。時系列によるコマの連なりとは別の観点からのコマ表現が、ここには導入されている。
 ルルスの思想を伝えるために描かれた『小約言』の挿画には、2種類の考え方のコマ表現が用いられている。ひとつは時系列によるコマの連続であり、もうひとつは関係性によるコマの配置である。前者のコマの内容は物語性や描写性などの具体性が高く、それらができごとの時間の順に並ぶ。後者のコマは象徴的・抽象的な絵や記号が多く、コマ単独の内容は希薄であり、他のコマとの関係性において読者に意味を読み取らせる。

 時系列とは異なるコマ配置の考え方がここに見出せる。時間の順序ではなく、関係性を読み取るべきものとしてのコマの並びである。人間は、項が2つ以上あると、その間にさまざまな関係性を読み取ろうとする。ところが、そこにある種の関係(たとえば因果関係)を読み取った場合には、それを時間としても経験することになる。それは結果的に、時系列によるコマの並びと同じものととらえられるかもしれないが、両者の成り立ちには大きな違いがある。後者においては、コマの中身よりも、コマとコマを関係づけて読み取ること自体が重要である。たとえば関係性を問題にしたイギリスの経験論者デイヴィッド・ヒュームの哲学について、ジル・ドゥルーズは以下のように書いている。

 ヒュームの独創性、ヒュームの数ある独創性のひとつは、「関係は、関係する項に対して外在的である」とヒュームが力を込めて主張するところに由来する。(中略)関係とは何か。関係とは、私たちを、与えられた印象や観念から、現実には与えられていない何かの観念へと移行させるものである。たとえば私は何かに似た何かを思考する。ピエールの写真を見ると、私は、そこにいないピエールのことを思考する。与えられた項の中に移行の根拠を探し求めてもむなしいだろう。関係それ自体は、連合の原理、隣接の原理、類似の原理、原因性の原理と呼ばれる諸原理の効果であるし、これら諸原理がまさに人間の本性を構成する。人間精神における普遍的ないし恒常的なものとは、決して項としてのあれこれの観念ではなく、たんに特定の観念から別の観念へ移行するその仕方であるということ、これが人間の本性の意味するところである。(「ヒューム」小泉義之・訳『無人島1969-1974』河出書房新社、2003年、44頁)

 関係は、コマとコマの間にある。関係が、ヒュームのいうように、項(コマ)に対して外在的であるとするならば、「与えられた項の中に移行の根拠を探し求めてもむなしい」ということになる。つまり、コマとコマの関係が生み出すものの根拠は、コマの中にはない。むしろ、それは人間の本性として考えるべき問題となる。
 この考え方を整理すると、一般的にコマの配置ついて、少なくとも「時間性コマ配置」と「関係性コマ配置」という2つの異なった考え方でとらえることができる。
 時間性コマ配置は、「A+B+C=ABC」という図式で示される。コマA、コマB、コマCを続けて読むことによって、ABCという3つのエピソードが時間軸に沿って起きたような、ひとつづきの物語内容が読み取れる。ひとつひとつのコマがそれぞれエピソードとして理解可能な一定の内容をもっていることや、それが時系列を前提として並んでいることが疑われないような語り方である。
 一方、関係性コマ配置は、「A+B+C=D」という図式で示される。コマA、コマB、コマCは、個々にエピソードとして理解可能な内容をもっているとは限らないし、物語の時間の順序に従っているとも限らない。コマ間になんらかの関係性が読み取られることによって、Dという物語内容を読者が自ら見いだすような語り方である。
 一見同じように見えるコマの並びも、その読まれ方から検討するならば、大きな違いが見出せる。
 ただしルルスの『小約言』の物語表現においては、「関係性コマ配置」の使われ方は教義内容の説明などにきわめて限定されており、基本的な物語の進行は「時間性コマ配置」の考え方で行なわれているように見える。他のヨーロッパのミニアチュールの事例を見ても「コマ割り」風の表現は原則として「時間性コマ配置」であり、「関係性コマ配置」による物語表現に大きく踏み込んだ事例は、後の時代になってもなかなか見つけることはできない。
 ある意味では「コマとコマのモンタージュ」とも言うべき、「関係性によるナラティヴ」に重点を置いて後の歴史を俯瞰してみると、そこで重要な存在として浮上するのが、ヒューム(1711~1776年)と同時代にイギリスで活躍したウィリアム・ホガース(William Hogarth/1697~1764年)の作品である。

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