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2009年4月 3日 (金)

16■手塚治虫の「伝達意図」

 前項で述べた、「意図明示的「意図明示的伝達行為」」という考え方は、どこか手塚治虫の作風を思い起こさせる。手塚は多くの場合、「伝えたい内容=情報意図」を表わすだけではなく、「伝えたい内容を伝えようとしていること自体=伝達意図」を表現に強くにじませていたように感じられるのだ。もちろんそれは手塚だけのことではないが、手塚はその姿勢が強く印象に残る。
 たとえば、シリアスな展開のさなかに描かれる、ギャグによる作者のツッコミ。登場人物が、あたかも登場人物として自分を意識しているかのような表現――自分がまんがの中の役者にすぎないことを自覚したかのような態度――など、楽屋落ち的な表現が手塚の作品にはよく見られる。そのような表現は、「キャラクター同士が意図明示的伝達行為をわざわざ演じて見せているのだという、読者に対する意図明示的な態度」を感じさせる。(これは、たとえば落語の語り口などにもよく見られる)
 手塚は自らの表現を「記号的」であるとした。しかしその「記号的」という用語は、そのことばだけに注目すると、「写実的でない絵」「リアルでない絵」という画風の問題として受けとめられやすい。手塚のいう「記号的」とは、むしろ「意図明示的」ととらえた方が、理解しやすいように思われる。
 手塚は、描いた絵がイリュージョンの効果を発揮してまるで現実のように感じられる、という手法をとらない。むしろ、絵を描くという行為に込められた意図の伝達を重視している。
 絵はしょせん絵でしかない。だから、絵で何か現実的なものを表現しようとすることは、しょせん託せないものに託していることになる。手塚は、そういう限界を自覚している。少なくとも、自分の絵をそのようなものだと思っている。だから「Aを写実的に描いて、そのまま提示すれば、読者にはAが伝わる」という素朴な考え方は用いられない。むしろ現実のAとは大きく隔たったaというしるし(手塚がいうところの記号的な表現)を描いて、aの貧弱で類型的なありさまを見せつけることで、そんな貧しいものにあえて託しているのだという態度を露わにし、そのことによって「Aを伝えたいのだ」という伝達意図の方を浮き彫りにする。そこに、描きえないはずのAが、「そうではないもの」としてかいま見られる。
「これはしょせんAなんかではない」という否定性において、描きえないはずのAが、そこに示されるのだ。
 手塚作品が、本人のいう「記号的」な表現を通じて、余人の及ばないスケールの大きな物語を描いたり、深い感銘を残したりすることの背景には、そのようなことが関わっているようにも思われる。描こうとしているものが、まんがという器では収まりきらないにもかかわらず、それを描こうとして限界を露呈すること。その表示の不適合性において、その大きな何かはむしろ表示される。
 ジョルジョ・アガンベンは「スタンツェ」の中で、「固有でないもの」つまり象徴的=寓意的形式について、以下のように指摘している。

固有でないものの根拠付けは、一種の「不一致の原則」と呼ばれる。それによれば、神聖なるものに関しては肯定よりも否定の方が、より真実でよりふさわしいため、類推や類似による表象よりも、不一致や隔たりによる表象の方がいっそう適しているとみなされる。別の言葉で言えば、不適切な表象は、まさにそれが神秘的な対象に対して不適切であるがゆえに、反語的に「相違ゆえの適性」と定義しうるものが与えられるのである。(「スタンツェ」岡田温司・訳 ちくま学芸文庫)

 続けてアガンベンは11世紀のフーゴーの言葉を引用する。「似ていない像の方が、似ている像よりもいっそう、物質的で形あるものからわれわれの魂を引き離してくれ、魂が自分の中で安らぐことを許しておかない。その理由は、あらゆる被造物は、いかに完璧であっても、無限の距離によって神から隔てられているという事実にある。……それゆえ、このように神のあらゆる完璧さを否定することで、神とはいかなるものでないかを伝える方が、もろい完璧さを通じて通じて神とはなんであるかを説明しようとすることよりも、いっそう完璧な神の認識になるのである。」

 このような指摘は、手塚の「記号的」表現を考える上で、ひいてはまんが的な表現を考える上で、きわめて示唆的である。この問題は、ジャック・デリダが「絵画における真理」で展開した「崇高」をめぐる論議(人間的な尺度を超えた「崇高」が、尺度を超えているということにおいて、いかに出現するか)にも関わることだろう。崇高の問題は他にも広く論議のなされていることだが、たとえばデリダが同書で展開している「パレルゴン」としての枠線の問題などと密接に結びついている点で、手塚の問題のみならずまんが表現に広く関連することである。

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