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2009年4月24日 (金)

20■まんがを読む行為論

 ここまでの検討で明らかになったように、「作品内の発話(作品世界内のキャラクター・コミュニケーション)」は、単純に発話の問題として考えることができない。その理由は第一に、作品が虚構であり、ことばが「せりふ」に類するものであることだ。作品内の発話について、その作品世界に内在する立場(作品の「ごっこ=メイクビリーブ」内にとどまる立場)で検討し評論することは、「ごっこ」を共有せよという他者への要請であり、感想や主張に類するものである。まんが一般の問題として批評的に検討するのであれば、我々はそれを「作品の発話(作品と読者の間のコミュニケーション)」レベルを踏まえてとらえるべきである。第二には、エクリチュールの問題である。まんがは書かれたものであり、イメージを配置する表現でもあるから、ことばについても言語学の「発話」の範疇ではとらえきれない問題がさまざまに関わる。
 まんがの中の重要な要素である「ことば」をピックアップして、言語学の見地から一般的に検討することは、当初の見込みとは異なり、容易なことではない。

 上記のふたつの理由のうち、第一の「作品の発話」の問題を考えるには、まんがを「読むこと」や「解釈すること」を検討すべきである。「まんがを読む行為論」が必要である。それには、これまでに触れてきた語用論的なアプローチが有効であると考えるが、言語の問題をそのまま直接応用するのは困難である。我々は語用論(プラグマティックス)にとどまらずに、より根本的な概念にさかのぼって、まずはプラグマティズムの見地から、まんがを検討してみるべきだろう。

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