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2009.07.10

まんがのアーカイブについて2

■原画の保存について

 最初からデジタルで描かれたまんが作品は別として、紙に描かれたまんがの原画は、そもそも保存しようにも、長期の保存に耐えない面がある。物理的に劣化する要素が多いのだ。たとえば、修正などに用いたホワイト(ポスターカラー、修正液など)は、すぐにはげ落ちる。まだ落ちていない場合でも、年月が経つと下のインクが浮いてきて灰色になったり、表面が汚れて黒くなったりしているケースは非常に多い。問題が小さければ修復可能だが、効果線などをホワイトで描いていた場合は、元通りに引き直すことはほとんど不可能に近い。
 まんが家によっては、原稿を修正するのに原稿用紙の切り貼りをする人がいる。その際にセロハンテープを使うケースがよくあるが、これも年月で劣化して硬化する上に、茶色い痕を残す。劣化したために切り貼り箇所がはがれて、どこかへ紛失している場合もある。切り貼りの境目にホワイトを盛っていた場合など、全体的にはげ落ちて、原稿がボロボロの状態になっていたりもする。
 そもそも、紙やインクも劣化する。原稿用紙にカビが生えていたり、湿気で前のページのインクとくっついて、はがれない場合もある。水性ペンなどを使っていた場合、インクが薄くなって、ほとんど飛んでいたり、にじんでいたりもする。
 カラー原画も同様だ。初期のカラーインクが数年で褪色して問題になったのは、もうずいぶん昔の話だ。その後画材の改良は進んだのだろうが、どこまで褪色しないかは、実際に年月が経ってみないとわからないのだ。
 かつて、ベテランまんが家の仕事場にうかがって、ある名作まんがの原画を見せていただいたことがある。袋から出すなりボロボロとホワイトがはげ落ち、原稿の裏から切り貼りした修正箇所は、ちょんと指で突つくだけで、ぱりぱりとはげ落ちて、ほとんど砕け散っていった。まんが家ご本人は「こんなもんですよ」と、すっかり諦めたような口ぶりだったが、目の前で私自身も思い入れのある名作の原画が崩壊していくさまを見て、唖然とした記憶がある。この作品は、もはや、現存する製版フィルムに頼って出版する以外に手はない。

 「まんがの原画を保存する」というのは、かくも簡単な話ではない。古い名作といわれているものほど、そうなのだ。
 だから保存しようとするなら、かなりの手間とお金をかけて特別な維持管理をする必要がある。それでも、完全な保存が難しいのであれば、高品位の複製をするしかない。複製を作らないと、そもそも出版さえ不可能になってしまう。
 そんなわけで、まんがの原画の保存問題は、「1点ものの美術品としての保存」と「出版の原盤としての保存」の2つの意味があることになる。
 劣化を止めにくいという現実を踏まえるならば、まず対応すべきは後者の「原盤としての保存」だろう。仮に前者は対応不能だとしても、後者には打つ手はあるからだ。現在、日本の出版界を大きく揺り動かし始めているデジタル化の波(にもかかわらず業界はさっぱり対応できていない感じだけれども)を踏まえても、まずはまんがの原盤のデジタル化が、大きな焦点になるように思われる。

■まんがのデジタル原盤

 そうだとすると、問題は、誰がどうやって原画をデジタル化するかだ。
 まんが家本人ができるならば、問題はない。現在、多くの場合は、出版社が雑誌に掲載する際に原画をスキャンし、単行本を作る際にも流用できるよう、データを保存しているというのが実態だろう。古い作品を復刻したりオンデマンド出版したりしている会社は、原画を借りてきてスキャンし、データとして蓄積している。携帯コンテンツまでをにらんで、とにかくデータを持ってしまおうという潮流が続いている。現在のところ、そのような大小の出版社が、結果的には事実上のアーカイブとして機能しはじめていることになる。
 その場合、まんが家はどこまでデータの「原盤権」を主張できるのか。どのような解像度でのデータ化を許可するのか。どのようなトリミングでのデータ化を許すのか(将来判型が変わった時に、周縁の絵が不足しないように広くデータ化するのかどうか)。出版社と出版契約を結ぶ時に、このことを具体的に意識しているまんが家は(特にデジタルと縁の薄い年配の人は)、どれくらいいるのだろうか。これまでの出版界では、製版したフィルムや紙焼の権利は、それを製版した印刷会社や出版社も持っていた。データに置き換わっても、考え方は原則として同じだ。スキャンして加工する作業をした者は、そのデータに対して一定の権利を主張するのだ。だから、それらの会社は「原盤管理会社」として、まんが家と契約していることになる。フィルムの場合は、一定期間増刷がないと、廃棄処分になることも昔は多かった。しかしデータとなると、置き場所には困らない。おそらくずっと印刷会社や出版社の手元に残ったままだし、倒産した場合は資産として流出することも考えられる。
 まんが家自身が自分でどこまでデジタルデータを管理するのか。今後のデジタル出版の時代に向けて、より自覚的になるべき時代になっている。

 まんが家の原画保存問題とは、とりあえずはこのような種類の問題だ。少なくとも問題を2つに分けて考える必要がある。作者の側から見た「まんが」と、読者の側から見た「まんが」。つまり、まんがとは「肉筆原画」なのか「出版物」なのか。それによって、保存すべき対象や、保存方法や、生じる問題が異なってくるのだ。

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